届かない気配
結衣にDMを送るのは、これが初めてだった。
いつもは向こうから届く短い近況報告。
葵はそれに返事をするだけで、
自分から送ろうと思ったことなんて一度もなかった。
だから、
送信画面を開いただけで胸がざわついた。
何を書けばいいのか分からなくて、
打っては消してを繰り返す。
ようやく残ったのは、
当たり障りのない、季節の話だけだった。
「久しぶりだね。
東京は桜が咲いたよ。
北海道はまだ寒いのかな」
送信ボタンを押した瞬間、
胸の奥がきゅっと縮む。
“初めて自分から送った”
その事実だけで、心が揺れた。
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返事は思ったより早く届いた。
「葵さん、久しぶりです
こっちはまだ寒いですよ
雪も少し残ってます
大和さん、エリアマネージャーの仕事が忙しそうで
最近あまりお店に来ないんです」
読み終えた瞬間、
胸の奥で何かが静かに揺れた。
店長。
忙しいんだ。
店に立てないほど。
だから、リールも更新されないんだ。
理由が分かっただけなのに、
安心と寂しさが同時に押し寄せてくる。
(……遠いな)
距離のことじゃない。
気持ちのことでもない。
“今の大和”が、
葵の知らないところで動いている。
その事実が、胸にじんと染みた。
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帰り道、桜が散りはじめていた。
風が吹くたびに、
花びらがふわりと舞い上がって、
アスファルトに淡い色を落としていく。
周りの人たちは写真を撮って、
「もう散っちゃうね」と笑っていた。
葵はただ、立ち止まって見ていた。
桜が散るのを見て、
何も感じない春なんて、
今までなかった。
(どうして、私はこんなに空っぽなんだろう)
大和の近況を知れて、
ほんの少しだけ救われたのに、
その救いがまた痛みに変わる。
届かない気配。
触れられない距離。
言えない気持ち。
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家に帰ると、
俊介の気配が消えた静けさが
また胸に落ちてくる。
でも今日は、
その静けさの奥に
“大和”という名前が
かすかに残っていた。




