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20年間忘れられなかった人と、もう一度恋をする  作者: 柚原 澄香


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空白の春に咲く桜

俊介がいなくなった翌朝、

家の空気は、昨日よりもさらに静かだった。


すれ違っていた2月と違う。

顔を合わせていなかったはずなのに、

“存在”が消えると、こんなにも温度が下がるのかと思った。


玄関の鍵の音もしない。

コーヒーの香りもしない。

生活の気配が、ひとつもない。


17年分の“当たり前”が、

音もなく消えていた。


私はしばらくベッドから動けなかった。


(……ひとりだ)


声にすると、胸の奥がじんと痛んだ。


通勤途中の公園で、

一本だけ、桜がほとんど満開に近かった。


今年は少し早いらしい。


子どもたちがはしゃいで、

スマホを向ける人たちがいて、

風が吹くたびに花びらが舞った。


世界は春に沸き立っている。


でも、私は何も感じなかった。


桜が鮮やかであるほど、

胸の空洞がはっきりしていく。


(どうして……私は、こんなに空っぽなんだろう)


仕事に行っても、

心はどこにも向かなかった。


同僚が「今年早いね〜」と笑っていても、

その声は遠く聞こえた。


街は春の色に変わっていくのに、

私だけが冬のままだった。



夜、家に帰ると、

静けさがまた胸に落ちてくる。


逃げ場がない。


ひとりになると、

考えたくなかったことが浮かんでくる。


大和の写真を見たとき、

胸が痛くなるほど揺れた。


あれは恋だった。

その瞬間に気づいていた。


でも、気づいた途端に蓋をした。

俊介の存在が重くて、

向き合うことができなかった。


だから、逃げ続けた。


(店長の近況なんて、何も知らないのに)


連絡先も知らない。

気持ちを伝えるつもりなんてなかった。

伝える資格があるとも思えなかった。


恋心はあるのに、

向かう先がない。


そして、

誰かを傷つけてまで自分の気持ちを優先していいのか、

答えが出ないまま春が来てしまった。

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