届かない距離──生の声に触れた夜
前回の夜から、数日が過ぎた。
「私のこと、覚えてますか」
あの未送信コメントの痛みは、まだ胸の奥に残っている。
現実のざらつきに疲れた夜、
葵はまた大和のリールを開こうとした。
コメント欄の白い枠に指が触れる。
気付けば、
文字が浮かんでいた。
「私はずっと覚えてます」
(……だめだって)
慌てて消す。
胸の奥がじんと熱くなる。
ふう、と息を吐いたその瞬間だった。
画面の上部に、赤い文字が浮かんだ。
LIVE
(……え? 今?)
心臓がひとつ跳ねる。
指が吸い寄せられるように、その赤をタップした。
画面が切り替わり、
明るい店内の空気が一気に流れ込む。
そして──
映った背景に、葵は息を呑んだ。
見慣れた、
東京店のカウンター。
(……東京に、いるの?
今、この街に?)
胸が一気に熱くなる。
「コラボ終了なんで、せっかくなので大和さんに質問しまーす!」
東京店スタッフの声が弾む。
「おいおい、LIVEでそれやる?」
大和が少し照れたように笑う。
「いいじゃないですか〜!今日で一旦終わりですし、無礼講で!」
「はいはい。無礼講な。なんでも聞けよ」
スタッフが嬉しそうに身を乗り出す。
「じゃあまず……今でも元スタッフさんと連絡とってる人います?
仲良かった子とか!」
大和は少し考えてから、
ゆっくり首を振った。
「ほとんどないよ。
みんなそれぞれの道に行ったしね」
そう言ってから、
ふっと表情がやわらぐ。
「でもね、結婚式に呼んでくれた元スタッフさんがいてさ。
なんかもう……僕、すごい泣いちゃって。
ああ、みんな大人になったんだなって」
「えー!泣いたんですか!」
スタッフが大げさに驚く。
「いいなぁ……自分も大和さんに結婚式来てほしいです!
相手いませんが……募集中でーす!」
「ふざけすぎだなー。今日は無礼講だから許すけど」
画面の向こうは明るくて、
笑い声が弾んでいて、
空気があたたかい。
葵は、
その輪の中に自分がいないことを知っている。
(……私も)
(連絡してみたいって、思っちゃうじゃん)
でも、
実際にはしない。
できない。
怖い。
現実が動いてしまうから。
コメント欄の白い枠に、
そっと指を置く。
「店長……
連絡しても、いいですか?」
書いて、
胸がぎゅっと痛くなって、
送らずに消す。
未送信の言葉だけが、
またひとつ増えた。




