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遅くなる理由
朝の空気は、もうどこにも温度がなかった。
決め事のハグは形だけで、俊介は腕を広げない。
葵も、自分から近づく勇気が出ない。
「今日も……遅くなるかも」
俊介は靴を履きながら、視線を合わせずに言った。
「……うん。気をつけて」
それだけの会話。
でも葵の胸には、言葉にできないざわつきが残った。
俊介の声は、どこか“決まっている予定”を隠しているように聞こえた。
扉が閉まる音が、やけに大きく響く。
葵はキッチンに立ったまま、しばらく動けなかった。
(最近……俊介、何を考えてるんだろう)
分からない。
でも、分からないまま過ぎていく日々が怖かった。




