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次第に開く距離
その夜、俊介はもう限界に近かった。
寝室の前で立ち止まり、深呼吸をしても、
胸のざわつきは消えない。
扉を開けると、葵はベッドの上でスマホを見ていた。
柔らかい光が、葵の横顔を照らしている。
「……葵」
呼んだ声が、少し震えた。
「なに?」
「……別で寝ようか。しばらく」
葵の手が止まる。
驚いたように目を瞬かせて、
でも責めるような表情は一切なかった。
「……うん。そのほうが、いいかもね」
その返事が、俊介の胸に深く沈む。
壊れる音はしない。
でも、壊れたことだけが分かる。
優しさで決まった距離ほど、残酷なものはない。




