335/491
積み重なる沈黙
帰宅すると、葵がいつも通りに「おかえり」と笑った。
その笑顔が、どこか遠く感じる。
俊介も「ただいま」と返す。
それだけで、会話が途切れた。
俊介は居酒屋「灯」に行ったことを言わない。
葵は大和の存在を言わない。
二人の沈黙が、また一枚積み重なる。
夕食の味がよく分からない。
葵も、どこか上の空だ。
寝る前、いつものように向かい合う。
“夫婦円満のために毎日ハグをしよう”と、
二人で決めた習慣。
でも今は——
義務のように腕を回すだけ。
温度が伝わらない。
抱きしめているのに、触れていないみたいだった。
俊介は天井を見つめながら思う。
「……来週、来るんだよな」
その小さな思いが、
胸の奥で静かに膨らんでいった。




