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あのときに帰りたい
気づいたら、外に出ていた。
上着も適当に羽織っただけで、財布すら持っていない。
行き先なんて考えていないのに、
足はまっすぐ居酒屋「灯」の方向へ向かっていた。
「見に行くだけ。入らないから」
自分に言い訳しながら歩く。
でも、心臓はずっと落ち着かないまま。
角を曲がると、見慣れた看板が見えた。
胸がきゅっと縮む。
懐かしさと、痛みと、どうしようもない気持ちが混ざる。
その瞬間。
「……葵?」
背中から声がした。
振り返ると俊介が立っていた。
心臓が跳ねた。
“見られた”という感覚が、罪悪感みたいに胸を刺す。
俊介は看板を見て、眉を寄せた。
「ここ……昔バイトしてた店だよな?」
言葉が出なかった。




