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触れ方を忘れた2人
週末の午後。
葵がキッチンでコップを取ろうとした瞬間、俊介は反射的に手を伸ばした。
「取るよ」
けれど葵は俊介の手に気づかず、自分でコップを取ってしまう。
そのまま「ありがとう」とも言わずに水を注ぎ、リビングへ戻っていった。
俊介の手は、宙に取り残されたままだった。
(触れたいのに……触れられない)
以前なら自然に触れられた。
肩に手を置くことも、抱き寄せることも、何の抵抗もなかった。
でも今は、触れていいのか分からない。
触れたら壊れてしまいそうで。
葵もまた、俊介の手を避けたつもりはない。
ただ、心が揺れているから、俊介の動きに敏感になれないだけ。
それでも俊介には、
“避けられた”ように見えてしまう。
触れられる距離にいるのに、
心だけが遠ざかっていく。




