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「カスト先輩、今日はありがとうございました」
「ああ、また明日」
カスト先輩はそう言って自分の持ち場へと戻った。私はというと、団長室へ今日の報告にやってきた。
「ディーキン団長、訓練が終わりました」
「トリスタンと呼んでくれ」
私はその言葉にほんの少しの違和感を覚えたが、気のせいだと気持ちを切り替えた。
「わかりました。トリスタン団長」
「さて、行こうか」
彼は席を立ち、エスコートでどこかへ向かうようだ。
「トリスタン団長、どこへ行くのですか?」
「ああ、王宮を出たすぐの場所にいい店があるんだ。君の歓迎を兼ねて食事に行こうと思ってね」
えっ!?
一瞬声が出そうになったけれど、なんとか思い留まった。
まさか食事に行くとは思わなかった。
でも、彼から情報を得るのは大事だ。
私は彼に連れられて街の食堂へとやってきた。
食堂は特段怪しい店ではなく、私もファルスと一緒に行ったことのある店だった。初日だから団長も気を使ってくれているのだろう。
私はそう思いながら注文し、料理に舌鼓を打つ。
「メイア、君は私のことをどう思うかい?」
「どう、とは?団長と初対面でしたので……」
「君の持つ私の印象だよ」
ファルスにそっくり! って言いたいけれど、それは駄目よね。
「若くてかっこいい団長さんだなって思いました」
「そうか、そうか!」
私が褒めると彼は上機嫌でワインを飲み始めた。
「私もずっとこの年まで独身だったんだが、そろそろ身を固めないといけないと思っている」
「そうなんですね。家庭持ちで子供もいるものだと思っていました」
「まあ、この年で独身の貴族は少ないからな。息子はいるが、会ってはいないんだ。彼ももう大人だからな」
「団長にも色々と過去があるんですねっ」
「俺は令嬢に人気があったからな」
トリスタン団長はそう言うと、突然私の手を取った。
「メイア、君は平民だが、私に相応しい容姿をしている。どうだろうか? 私は団長職に就いて長い。君と結婚すれば平民になってしまうが、君となら良い家庭を持てそうな気がするんだ」
……なにそれ。
嫌に決まっているわ。
何が悲しくて婚約者の実父に口説かれなきゃいけないの。
これも任務のため。
我慢しないと。
私は震える手で団長の手をそっと外して笑顔で答える。
「はいはい。トリスタン団長。酔いすぎですよ! 今日は私の入団祝いですよね! 美味しい食事もご馳走になったし、そろそろ帰りましょう? また今度お話を聞きますから」
「ん? あ、いや、そうだな。少し酔い過ぎた。メイア、寮まで送ろう」
団長は今回引いてくれたようだ。
私はそのまま元気な少女を心がけて寮まで無事に辿り着いた。
時々鳥肌が立ってしまったのは内緒ね!
寮に戻ってからは今日の出来事を報告書に書いていく。今日は初日だからなんとかなったけれど、明日からどうなるのかしら。危なくなったら奥の手を使うしかないけどね。
二日目、三日目も同じように元気よく挨拶して詰め所に入っていく。
初日は揶揄われるように声をかけられていたけれど、少しずつ彼らも私という存在に慣れてきたようで本来の第四騎士団の姿が見えてきた。
トリスタン団長をはじめとした爵位のある騎士たちは平民出身の騎士を雑用扱いし、言葉遣いも荒い。
平民出身の騎士はというと、黙って聞いているが、恨みを持つ者が出始めている。
あまり良い兆候とは言えないわね。
ただカスト先輩のように貴族だろうと、平民だろうと態度を変えない素晴らしい人もいる。そういう人はやはり周りからも信頼されているようだ。
今のところ騎士たちの態度以外、不正に関わるような人はいないようだ。
そしてトリスタン団長はというと、私がお試しでここにいるとわかっているからか、日に日に私に近づいてきている。私としては嬉しくない。そもそも婚約者の父とどうにかなろうなんていう趣味は持ち合わせていないもの!
「メイア、そろそろ休憩だ。食堂へ行こうか」
「はい」
今日は団長室に呼ばれ、団長の書類整理を手伝っている。団長曰く「下品な騎士から君を守るため」だそうだ。
私からすれば団長が一番危ないのよ!!?
団長が扱う書類に目を通すのは都合がいいので黙って書類の整理をしている。私はイレインさんのようにお色気担当には一生なれない気がするわ。
私たちは王宮の食堂へと向かった。
行きは人通りも多く、私たちは団長と一介の騎士という感じで歩き、問題はなかった。
……そう、問題があったのは食堂から団長室へ戻る途中のことに起こった。
一般の人が通らない使用人専用の通路に入ると、団長は私に合わせているのかゆっくりと歩き、私に近づいてきた。
「メイア」
近い、近いわっ!
私は耳元で名前を呼ばれ、思わず壁際へと避けた。
「ど、どうしたんですか? トリスタン団長っ」
「君は相変わらず可愛いな」
トリスタン団長は右手で私の逃げ道を無くすように手を壁に当てて顔を近づけてきた。思わず私は身を縮め、拳の準備をしていると――。
トリスタン団長は一瞬にしてずぶ濡れになった。
「誰だ!」
どうやら水魔法を当てられたようだ。
彼は濡れた髪をかき上げ、水魔法が飛んできた方向に視線を向ける。
私も同じ方向を見ると、そこにはファルスの姿があった。
本日「魔力無し判定の令嬢は冒険者を目指します!」が発売されました!
大変長らくお待たせしてしまい、すみませんでした。(*´∀`*)
ようやく日の目を見ることができて、ホッとした部分もあり、不安で心臓がプルプルしております…。
もちろん時間はかかりますが、WEB版の方も更新を続けていきますので書籍もWEB版も応援いただけると幸いです!




