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「殿下、現在の状況を鑑み、全軍引き上げても問題ありません」
「ああ、そうだな。では伝令を『これから各団長の指示に従い、全軍引き上げの準備にかかれ! 各団長は城に戻り次第報告をしろ。問題があればすぐに連絡してくれ』」
アロイス殿下は前線に指示を出した。側近たちやテントの前にいた護衛たちもテントの片付けを始めたので、私も手伝おうとしたが、ザロン様に止められた。
「君は無理せずこのまま座っていなさい」
「わかりました」
私はファルスたちが片付けるのを見守った後、アロイス殿下たちとともに迎えの馬車に乗り込んだ。
スタンピードの恐怖から解放されたせいもあるのだろう。
馬車の中では先ほどまでのテント内の出来事を振り返るように側近たちは笑いながら話をしている。
「カイ君、疲れていないか?」
隣に座ったファルスが心配そうに声をかけてきた。
「俺は魔力譲渡しかしていないんで全く問題ないです。ファルスさんこそ大丈夫ですか?」
「ああ、俺は魔力が豊富だから平気だ。王宮に戻ったら君を家まで送ろうか?」
「ありがたいが、医務室へ行って報告をした後、すぐにまた街を出ないといけないんだ」
「そうか。無理しないんだぞ?」
「ああ、ファルスさんも」
馬車はすぐに城へと到着し、私はアロイス殿下やザロン様たちに挨拶して騎士団医務室に戻った。
「医務官長、ただいま戻りました」
「カイ君、お疲れ。今日はもう帰って大丈夫だ」
「わかりました。では一足先に帰らせていただきます」
「カイ君、協力感謝する。君のおかげで討伐も早く済んだ」
「いえ、俺は何もしていませんよ。魔獣をせん滅したのはルホターク家の二人ですから」
「豊富な魔力を持つルホターク家に魔力譲渡するのは大変な作業なのだ。それができるのは限られた者のみ。君は十分活躍した。陛下の紹介だけある優秀な人材だ。また機会があればよろしく頼む」
「こちらこそ」
私は医務官たちに挨拶をしてそのまま零師団の部屋へと向かった。
「只今戻りました」
「ロア、お疲れ様。とりあえず今日は休んでいい。明日、報告書を出してくれ」
「承知いたしました」
王宮を出る頃にはもうすっかり夜になっていて少し肌寒い。
私はふうと安堵の息を吐きながら邸へと戻った。
……さすがに今日は疲れて何もしたくないわ。
「お帰りなさいませ。お嬢様」
侍女長は私を玄関で出迎えてくれた。
「マリスただいま。今日はさすがに疲れたわ」
「旦那様は執務室におられます」
「……そうよね。お父様に報告しておかないといけないわね」
私は重い身体を引きずりながら父の待つ執務室へと向かう。
「旦那様、マーロアお嬢様がお戻りになられました」
「入れ」
父の声がして私は執務室に入った。父の隣にはテラもいる。どうやら執務にあたっていたようだ。
「お父様、ただいま戻りました」
「無事に戻ってきてよかった。もうスタンピードは治まったのか?」
父は書類を机の上に置いて心配そうに聞いてきた。
「ええ、スタンピードの一歩手前で手を打てたので、街に被害が出ずに対処できました」
「そうか」
「マーロア姉さん、お帰りなさい。姉さんがこんなにも早くに帰ってこられるとは思っていませんでした」
「テラ、ただいま。今回、アロイス王太子殿下自ら騎士たちに魔法を使ったおかげで怪我人も少なく、短時間で討伐できたのよ」
「それは凄いですね! 王族が自ら魔法を使うのはとても珍しいことですよね」
テラの言葉に父は頷いた。
「そうだな。王族はあまり自分の魔力を使うことはしない。アロイス王太子殿下は初陣ということもあり、自らの力を騎士達に誇示するために今回は特別に使われたのだろう」
「そうなんですね。僕もアロイス王太子殿下が魔法を使うところを見たかったな」
「私は隣のテントにいたけれど、アロイス王太子殿下が魔法を使うところは見られなかったわ」
「そっか。どんな感じなのか聞きたかったのに」
「ならファルスが来た時に聞いてみればいいわ。ファルスは傍に居たもの」
テラは少し残念そうにしていたけれど、私の話を聞いて嬉しそうにしている。
「そうですね! ファルスさんが来たら聞いてみます」
「マーロア、今日は一日中動きっぱなしで疲れただろう。もう休みなさい」
「お父様、ありがとうございます。さすがに今日は疲れたし、休みます。マリス、あとで食事を部屋に持ってきて欲しいわ」
「畏まりました」
私の長い一日はようやく終わった。
翌日は朝から零師団の部屋で報告書を書く作業に追われた。発見した場所、周囲の状況などこと細かく書き、ジェニース団長に報告書を上げた。
「ようやく終わったー!」
「お疲れ様。さあ、マーロア訓練を始めるわよ?」
「リディアさんっ!?」
私が報告書を提出するのを待っていたらしく、リディアさんは笑顔を浮かべ手招きをしている。
今日は朝から王宮魔術師や錬金術師、騎士たちは討伐した魔獣の後処理に出ているらしい。零師団の仕事ではないので、私たちは事後処理をしなくてもいいようだ。
「昨日の魔力の受け渡しはとても上手だったわ。私たちに魔力の波長を合わせるのは特に難しいみたいだし、魔力の量もそれなりにないとだめなのよね」
「魔力の波長?」
「マーロアは魔力を見ることができないでしょう? 感覚であそこまでできるのなら訓練すれば見れるようになるわ。そうすれば姿や形を変えても人物が特定できるのよ。これからは必要になってくるスキルじゃないかしら」
「そう、ですね……」
以前、ドゥーロさんが『リディアさんの修行は恐ろしい』とぽつりと言っていたことを思い出し、私は及び腰になる。
「あら、どうしたの?」
「いえ、どんな恐ろしい訓練が待っているのか不安で……」
「恐ろしい訓練だなんて。まったく怖くなんてないわよ?」
リディアさんの微笑みが今日はなんだか恐ろしく見える気がするわ。
「だといいのですが……」
「とにかく訓練場へいくわよ」
「はい」




