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徹夜明けの経営コンサルが異世界転生して、議事録一枚で滅亡寸前の王国を救った件  作者: もしものべりすと


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第八章 王都の銀の塔

王都アステリアは、想像していた以上に、巨大だった。


街道の最後の丘を越えたとき、馬車の窓から見えた光景に、俺は思わず、声を上げた。

平野の中央に、巨大な灰色の城壁。

その内側に、密集する屋根、屋根、屋根。

そして、街の中央から、空に向かって、銀色の塔が、三本、突き立っていた。


「銀の塔。あれは、王宮の中央三塔でございます」


馬車の中で、同行のローラン伯爵の補佐官が、説明してくれた。


「向かって左から、儀典の塔、政務の塔、そして、宮廷魔術師局の塔でございます」


俺は右端の塔を、目で追った。

その塔は、他の二本より、ほんの少しだけ、傾いていた。

窓はほとんど、塞がれていた。

正午の太陽の下でもなぜか、影の濃さが、他より、深かった。


「あそこに、いるのか」


俺はぼそりと呟いた。


「は?」


補佐官が、首を傾げた。


「いえ、なんでもない」


王宮の門で、俺たちは、馬車から降ろされた。

そこからは、徒歩で、王宮の控えの間まで、案内された。


回廊。

天井の高い、白い大理石の廊下。

壁に掛けられた、歴代国王の肖像画。

甲冑の騎士が、定間隔で、立っていた。

床に、靴音が、コツ、コツと、響く。


ベルントの言葉を思い出した。

「王宮には、貴殿の改革を、快く思わない者が、必ずおります」


俺は廊下を歩きながら、頭の中で、コンサル業界の交渉術を、復習していた。

クライアントが反対派ばかりの会議に乗り込むときの、基本原則。

味方を最初に、一人、見つける。

論点を、絞る。

最初の質問を、相手に投げさせる。

反論を、絶対に、その場で、論破しない。


「リシュ殿」


ローラン伯爵が廊下の途中で、俺を振り返った。


「これより、陛下に拝謁いただきます。陛下のお隣には、宰相、財務大臣、そして、宮廷筆頭魔術師の四名が、控えております」

「了解です」

「念のため申し上げますが、カイル殿は、貴殿の活動を、過去三週間、独自に、調査しております」

「ふぅん」


俺は無表情を、保った。


「彼は貴殿に、いくつかの質問を、用意しているはずです。お気をつけて」


ローラン伯爵はそれだけ言って、扉の前に、進み出た。


謁見の間の扉は、巨大だった。

黒檀の扉に、銀の象嵌で、龍の紋章が、彫り込まれていた。

扉がゆっくり、開いた。


中は、想像していたよりも、明るかった。

高いステンドグラスから、色とりどりの光が、玉座の前の絨毯に、模様を落としていた。


玉座に座っていたのは、五十代後半の、白髪の男。

やや疲れた目をした、しかし、まだ威厳のある国王。

名前は、ハーラルド四世。


その左右に、四名の高官。

最年長の宰相。

肉付きのいい財務大臣。

そして。


俺は玉座の右側、最も近い位置に立つ、銀髪の男を見た。


カイル・モーガン。

若い。

おそらく、三十前後。

眼鏡は、かけていない。

だが、それ以外。


顔の輪郭。

唇の薄さ。

銀色に近い灰色の髪。

そして、口角の上がり方、まで。


月村だ。

別人かもしれない。

だが、別人なら、ここまで、似るのは、絶対に、不可能だ。


俺は玉座の前まで、進み、片膝をついた。


「アステリス公爵家、三男リシュ。陛下の御前に参上いたしました」


「うむ」


国王の声は、思ったよりも、ハスキーだった。

喉を、長く、病んでいる声。


「ローラン財務次官より、貴殿の話は、伺っておる」


国王は書類の束を軽く、叩いた。

それは、俺が領地で書いた、ピラミッド型の方針書の、写しだった。


「貴殿の業績、まことに、見事である」

「過分なお褒めの言葉、痛み入ります」

「ところで、リシュ殿」


国王が口を開く前に。

玉座の右側から、別の声が、割り込んだ。


「お初にお目にかかります、リシュ殿」


カイル・モーガンだった。

彼は優雅に深く頭を下げた。


「宮廷筆頭魔術師、カイル・モーガンでございます」


俺は彼の顔をまっすぐ、見た。

彼の灰色の目が、俺の灰色の目をまっすぐ、見返した。


その一瞬。

彼の口角が、ほんの一ミリだけ、上がった。


その上がり方を、俺は知っていた。

社内の飲み会で、月村が俺の手柄を、上司に、自分の発案として報告するとき。

あいつが、いつも見せる、爽やかな笑みの、最初の三ミリだ。


「リシュ殿。早速ですが、一つ、お伺いしてもよろしいか」


カイルはにこやかに、続けた。


「貴殿が、領地に、導入された『カイケイ』なる仕組み。あれは、いったい、いかなる魔術系統に、属するのでしょう」


俺はまばたきを二回した。


「魔術系統、というのは」

「もちろん、火、水、風、土、光、闇のいずれか、もしくは、補助系。複式簿記、と申されたあの仕組みは、人々の財産の動きを、紙の上で操る。これは、明らかに、何らかの『心の領域』に作用する魔術であると、我々は分析しております」


俺は苦笑を、堪えた。


魔術じゃない。

ただの会計だ。


「カイル殿」


俺は丁寧に、答えた。


「複式簿記は、魔術ではなく、純粋な、算数の応用です。借方と貸方を必ず一致させる。それだけです」

「ほう」

「魔力は、一切、使っておりません」

「では、何故、貴領の財政は、たった三ヶ月で、生まれ変わったのですか」

「数字が、見える化されたから。ただ、それだけです」


カイルが軽く笑った。


「リシュ殿。私は長らく、宮廷で、財政の問題を、研究してまいりました。三ヶ月で、領地の財政を、根本から立て直す。これは、いかなる魔術であっても、極めて困難な業です」

「魔術ではないと申し上げております」

「ふむ」


カイルは首を傾げた。

そしてもう一度、笑った。


「では、お言葉に甘えて。リシュ殿の手法を、王宮の財務局にも、適用していただきたい」

「もちろん、お役に立てれば」

「ただし」


カイルの声が、ほんの僅かに、低くなった。


「貴殿の手法が、もしも、何らかの『悪魔の幾何学』に、源流を持つ場合は、教会との協議が、必要になります」


謁見の間の空気が一気に、冷えた。


俺はその「悪魔の幾何学」という言葉を、知っていた。

ベルントが地下書庫で、教えてくれた、教会の禁書指定の言葉だ。


カイルがすでに、そこまで、把握している。

これはたぶん、警告だ。

俺の手法を、最終的に、異端の烙印で潰すための、最初の手筋。


「念のための質問です。もちろん、私としては、貴殿の御活動を、応援しております」


カイルはにっこり笑った。


俺はその笑顔に、月村の幻影が、ぴったり、重なるのを見た。


「ご厚意、痛み入ります、カイル殿」


俺はできる限り丁寧に、頭を下げた。


謁見が終わって、控えの間に下がるとき。

俺は廊下でもう一度、振り返った。


カイルがまだ、こちらを見ていた。

彼は俺と目が合うともう一度、にっこり笑って軽く、手を振った。


その仕草が、月村が社内のエレベーターで、俺を見送るときの、仕草と完全に、一致していた。


俺は廊下で深く息を吐いた。



その夜。

俺は王宮の客室で、一人だった。

天井が領主館の倍ほど高い、白く塗られた寝室。

壁には銀の燭台が四本、灯っていた。

室内は明るすぎるくらい、明るかった。

だがなぜか、寒かった。


俺はベッドに腰掛けて、両手で、顔を覆った。


「月村、お前、いつからここにいる」


呟いた声は、自分でも、低かった。


考えた。

カイルが月村と同一人物なら。

あいつはたぶん、俺より、ずっと前に、この世界に、転生している。

過去三年で、宮廷筆頭まで、上り詰めた。

それは、現代日本のコンサル業界での、生き残り戦略を、応用したのだろう。

他人の手柄を、奪い、自分のものとして、上に売る。

カイルが宮廷で、何人の魔術師を、踏み台にしてきたか、想像するのは、簡単だった。


そして、いま、俺が現れた。

俺は月村の戦略の、最大の障害だ。

俺の改革が、王宮に広がれば、月村のような、上っ面の人間は、必要なくなる。

だから、あいつは、俺を潰しにくる。


俺は深呼吸をした。


恐れは、しない。

あの場で、論破は、しない。

ただ、淡々と、自分の仕事を、するだけだ。


ただし。

気をつけるべきことが、増えた。

王宮内には、たぶんすでに、カイルの手の者が、何人もいる。

俺の動きはすべて、観察されていると思った方がいい。


ふと、エマが餞別にくれた写本帳が、ベッドサイドの机の上で、銀の燭台の光に、淡く、輝いていた。


俺はそれを開いた。

最初のページに、エマの几帳面な筆跡で、こう、書かれていた。


「リシュ様、お守りに。困った時は、最初に書かれたピラミッドを、ご覧ください」


俺はページをめくった。

最初のピラミッド。

領地再建の方針書。

頂点に「領地再建」、根拠の柱、衛生改善、会計透明化、人材見える化。


それを見つめながら、俺はふと、王宮の財務改革のための、新しいピラミッドを、頭の中で、組み立て始めた。

頂点に「王国財政の健全化」。

根拠の柱。

一本目、王国全体の複式簿記の導入。

二本目、税の徴収システムの透明化。

三本目、宮廷の支出のKPI管理。


書きながら、俺はふと思った。


これたぶん、月村が最も、嫌うやつだ。

透明化というのは、月村のような人間にとって、唯一、勝てない、戦い方だ。


俺はほんの少し、笑った。


それから、ベッドに、横になった。

窓の外、銀の塔の、宮廷魔術師局の塔が、月明かりで、淡く、影を作っていた。

その塔の、最上階の窓だけ、一灯、明かりが、ついていた。


たぶん、カイルだ。

彼も今夜、眠れていない。

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