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徹夜明けの経営コンサルが異世界転生して、議事録一枚で滅亡寸前の王国を救った件  作者: もしものべりすと


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第五章 ガントチャートで魔物討伐

冒険者ギルドのアステリス支部は、想像していたよりも、寂れていた。


石造りの古い建物。

扉の蝶番が、開けるたびに、悲鳴のような軋み音を立てる。

中は、湿気と、革と、汗の匂いが混ざった独特の臭気。

カウンターの向こうで、髭面の中年男が、依頼書をぞんざいに整理していた。


「いらっしゃ……あれ、貴族様?」


ギルドマスターのドリアン。

リシュの記憶によれば、十年以上、この支部を切り盛りしてきた古参だ。


「客じゃなくて、領主代行として来た」


俺はにこやかに、自己紹介した。


ドリアンは椅子から、ゆっくり立ち上がった。

彼の目は、俺をじろじろ見ていた。

何かが違う、と感じている顔だった。


「アステリスの三男坊が、ギルドに何の御用で」

「相談、と提案だ」


俺はベルントが運んできた紙束を、カウンターに広げた。

そこには、過去三年分の、領内の魔物討伐の依頼書のサマリーが、書かれていた。

これはギルドの依頼台帳の写しから、ベルントが昨夜のうちに、項目別に集計したものだ。


「あんた、これ、誰が作った」


ドリアンが紙の上に、太い指を置いた。


「俺が設計だけ。集計は、ベルント」

「集計、って、こんな項目、見たことない」


ドリアンの指が、震えていた。


「項目別、月別、ランク別、報酬別。横軸が時系列、縦軸が件数。これだけで、いろんなことが見える」


俺はそのうちの一枚を、指でめくった。


「たとえば。ここのゴブリン討伐の依頼。三年連続で、二月と九月にピークが来てる」

「ま、まあ、繁殖期だ」

「だから、繁殖期の二ヶ月前から、計画的に、間引きをやれば、ピークを抑えられる」


ドリアンの目が、見開いた。


「あんた、ふつう……それ、誰でも気づかないの?」

「ふつうは、気づかない」

「だよな!誰も、これまで言わなかった!」


ドリアンが大声で笑った。

だが、笑い終えると、急に真顔になった。


「で、何が言いたいんだ、貴族様」

「ここからが本題。冒険者の評価制度を、ちゃんと作り直そう」

「評価制度、ね」

「いまの仕組み、聞いた。一年ごとに、ギルドマスターと、領兵団長がなんとなく、ランクを決めてる」

「ま、まあ、それで回ってきたんだ」

「だから、回ってないんだ。優秀な人間が、評価されてない」


俺はカウンターに、もう一枚、新しい紙を広げた。

そこには、KPIの設計表を、現代の評価制度の形に応用したものが、描かれていた。


「五つの指標で測る。討伐件数、達成所要時間、依頼の難易度、再依頼率、そしてチーム貢献度。それぞれに点数をつけて、合計でランクを決める」

「点数、で」

「うん。曖昧さを、できるだけ消す」


ドリアンが紙の上に、両手をついた。

彼の肩が、少し、震えていた。


「貴族様。この仕組みを、もし、本当に導入してくれるなら」

「うん」

「俺、この十年でずっと不当に低く扱われてた連中の、顔が、いっぺんに浮かぶ」


俺は頷いた。


「だろう。やってみよう」


そのとき。

ギルドの奥の扉が、ばたん、と開いた。

入ってきたのは、長身の女騎士だった。

赤い髪を後ろで一つに結わえ、肩に、長剣を背負っている。

肌は健康的に焼け、目つきは鋭く、しかし、口元は意外に柔らかかった。


「ドリアン、また依頼が……ん?」


彼女は、俺を見て、首を傾げた。


「客?」

「ナタリア、こちら、アステリス家のリシュ様。三男だ」

「へえ、貴族か」


彼女は、俺を上から下まで眺めた。

警戒、でもなく、礼儀、でもない。

ただ「この人間は、面白いかどうか」を、品定めしている目だった。


「ナタリア・ヴェルク。Cランクの、駆け出しに毛が生えたやつだ」

「Cランクなのに、実力はBランクだ。だからアステリス支部一の不遇」


ドリアンが笑いながら、紹介した。


ナタリアはドリアンを軽く、睨んだ。


「で、貴族様、何をしてた?」

「評価制度の話を」


俺は紙の表を、彼女の方に向けた。

彼女は、それをしばらく、黙って読んでいた。

読み終えると、長く低く、息を吐いた。


「これ、本気で、やる気か」

「やる気だ」

「……俺たぶん、Bになるな」

「うん、たぶんね」


ナタリアがふっと笑った。

不器用な笑顔だった。


「貴族様。あんたたぶん、面白い人間だ」

「よく言われる」

「嫌いじゃないって意味だ。よろしく」


彼女は、ぶっきらぼうに、手を差し出してきた。

俺はそれを握った。


手のひらの感触は、剣だこで、ごつごつしていた。

それは、現実の労働の、重さの感触だった。


その日、俺はナタリアに最初の専属依頼を出した。

領内のゴブリンの巣の、繁殖期前の事前間引き。

依頼料は、相場の倍。

ただし、達成日時と、討伐数と、ルートを、すべて報告書に書くこと。


「報告書か」

「うん。あとで、これが、君の評価の数字になる」

「面倒だな」

「面倒だが、これで君は、来年、Bランクになる」

「……了解、貴族様」


ナタリアはにやりと笑って、剣を担ぎ直し、ギルドを出て行った。


その後ろ姿が消えてから、ドリアンが俺にぼそりと言った。


「貴族様」

「うん」

「あんた、領主になったほうがいい」


俺は頷かなかった。

俺はただの代行で、しかも、本来は廃嫡候補だ。


だが、その夜。

領主館に戻ったとき、俺は執務室の鏡の前でなんとなく、その言葉をもう一度、口の中で、繰り返してみた。


「領主、ね」


似合うかどうかは、わからない。

ただ、断ろうという気は、起きなかった。



それから三週間。

冒険者ギルドの依頼処理は、まるで別の組織のようになった。


ドリアンは毎朝、KPIシートを開いて、各冒険者の数字を確認する習慣を覚えた。

依頼の達成までの平均時間が、三割短縮された。

未達成のまま終わる依頼が、ほぼゼロになった。

それは、優秀な人間に、見合った仕事を割り当てる仕組みが、ようやく動き始めたからだった。


ナタリアは本当に、Bランクに昇格した。

昇格の日、彼女は、わざわざ、領主館まで顔を見せに来た。


「貴族様。報告に来た」

「Bランク、おめでとう」

「ふん。当然だ」


口は強気だが、ナタリアの耳が、わずかに赤かった。

俺はそれを、気付かないふりをした。


「それと」


彼女は、急に、声を落とした。


「あんた、知ってるか。最近、王都の方角から、変な噂が、こっちに流れてきてる」

「ほう?」

「アステリス領が、急に税収を上げてるって」

「事実だな」

「で、それを快く思ってない、貴族連中も、いる」


ナタリアは剣の柄に手をかけたまま、警戒した目で、廊下の方を、ちらりと見た。


「あんたの命を狙う動きがある」

「ふぅん」

「……驚かないのか」

「うん。クライアントを救うと、必ず、誰かの利権が縮む。コンサルじゃ、よくある話だ」


ナタリアは首を傾げた。

俺は軽く、肩をすくめた。


「気にしないで。ただ、君は、何か変な気配を感じたら、すぐ、教えてくれ」

「ああ、それは構わない。だが、貴族様」

「うん」

「俺はあんたが、嫌いじゃないからな」


彼女は、それだけ言って、領主館を出ていった。


その夜。

俺は寝室で、月明かりに照らされた、自分の手のひらを眺めていた。

リシュの体の、白く細い手。

前世の、ぼろぼろの胃と、節くれた指の手とは、ぜんぜん違う手。


「ナタリア、ね」


俺はぼそりと呟いた。


たぶん、前世の俺なら、こういう女性に、絶対に振り向いてもらえなかった。

俺はいつも、誰かの仕事をしていて、自分の感情を、後回しにする男だったから。


でも、今夜はなぜか、少しだけ、彼女の赤い髪のことを、思い出していた。

それからすぐに、もう一人の女性のことも、思い出した。

別れた、元の彼女のことを。


「悪い」


俺は月に向かってなぜか、小さく謝った。

何に対して謝っているのかは、わからなかった。

ただたぶん、いま俺はようやく、自分のために、息をしている気がした。


そのとき。


館の中庭から、馬の蹄の音が聞こえた。

深夜の訪問者だ。

ベルントの慌てた足音が、廊下を駆ける音。


俺は窓に駆け寄った。


中庭に、漆黒のマントを羽織った騎士が、馬から降りていた。

胸に、王家の紋章。


王都からの、緊急の使者だった。


その騎士の手には、一通の、銀色の封蝋がついた書状が、握られていた。



その封蝋の色は、王宮の最も格式高い書状にのみ使われる、特別な銀色だったと、後でベルントが教えてくれた。

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