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徹夜明けの経営コンサルが異世界転生して、議事録一枚で滅亡寸前の王国を救った件  作者: もしものべりすと


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第三章 現代の経営知識、中世に通用するか

翌朝、俺は領内の村長たちを、領主館の大広間に集めた。


「召集された理由を、どなたかご存じか」


集まった六人の村長は、互いに顔を見合わせていた。

一番奥の、髭の白い老人が咳払いをして口を開いた。


「いえ、坊ちゃまから直々のお呼び出しなど、生まれて初めてのことでして」


老人は深く頭を下げた。

他の村長たちも、慌てて続いた。


俺は彼らに、コンサル業界では一番基本の動きをした。

聞き取りだ。

業界では「クライアント・インタビュー」と呼ぶ。

事業の現状を、現場の人間から、直接、聞き出す作業。

机上のデータより、現場の温度のほうが、よほど真実に近いからだ。


「ハーレン村の村長殿。ここ三年、小麦の収量はどう推移している」

「は、はあ。それが、その、年々、減っておりまして」

「具体的には」

「年々、というか、ええと、半分くらいに、なったような気がいたします」

「気がする、ではなく、数字でほしい。何袋から、何袋に」

「は、はあ、数えたことはなく」


老人が頭を抱えた。


俺は各村長に同じ質問を続けた。

収量。

人口。

逃亡した住民の数。

魔物被害の頻度。

若者の割合。


答えは、全員、似ていた。

誰も、数字を持っていなかった。

ぼんやりした体感で、領地全体を運営していた。


「失礼を承知で申し上げますが」


一番若い、三十代と思しき村長が、おずおずと手を挙げた。


「リシュ様。これほどお詳しく数字をお聞きになる御方は、私の知る限り、初代の御先祖様以来、お一人もおられません」


部屋が、ぴたと、静まった。


「初代様ですか」


ベルントが横で、はっと顔を上げた。


「初代アステリス公爵様は、戦の天才と謳われたお方ですが、それ以上に、数字に強かったと、伝承に残っております。兵糧の在庫、馬の頭数、矢の本数を、すべて諳んじておられたとか」

「ほう」

「だから、戦に負けなかったのです。私の祖父は、先代様にお仕えする前、その伝承を聞かされて育ちました。だから、坊ちゃまが急にこのような賢明さをお示しになり、私、震えております」


三十代の村長は、本当に手を震わせていた。


俺はそれを横目に、ただ淡々と、ピラミッド型のメモを足していった。


「数字を持っていない、というのが、最初の問題ですね」


俺は静かに言った。


「これから一ヶ月。各村に台帳を一冊、配布します。記入の仕方は、後ほどベルントに教えに行かせる。書き方は簡単です。日付、項目、数量、それだけです」

「は、はあ。文字を書ける村人が、私の村にも、ほんの数人しか」

「字を書ける者を中心に集めて構いません。読み書きが弱い者は、絵でも構わない。とにかく、数字を、形に残してほしい」


村長たちは、なお、戸惑った顔をしていた。

だが、戸惑いの底に、何かが灯っていた。


それは「期待」と呼ぶ感情だった。


俺はピラミッドの根元に、また一つ、項目を追加した。

「衛生環境」

柱の二本目。


「次に、ここから本題です」


俺は地図を広げた。

領内の道、水路、住居の配置が、丁寧に描かれている。

リシュの記憶によれば、この地図は曾祖父の代に作られた、領地最古の資料だ。


「皆さん。各村で、汚水と糞尿の処理は、どうしていますか」

「えっ」

「言いにくければ、率直で結構です」

「ま、まあ、その、各家で、適当に裏庭に」


村長たちが、互いに、顔を見合わせていた。


「それです」


俺は地図の一点を、指で叩いた。


「これがそのまま続けば、来年か再来年に、必ず疫病が出ます。集落の人口の三割を、一夏で失うこともあり得る」


その瞬間。

広間の空気が、目に見えて、緊張した。

最年長の村長が、青ざめた。


「リシュ様。それは、いったい、どこの占い師の予言で」

「占いじゃないです。算数です」


俺は地図の上に、人口、水源、糞尿の位置を、点で打っていった。

各村の水源と汚物の処理場の距離が、ほとんどゼロに近い。

これはもう、いつ感染症が起きてもおかしくない状態だ。


「ベルント。スライムは、この領内にどれくらい棲息している」

「ス、スライムでございますか?」

「下水処理に使える、はずだ。確か、汚物を分解して、無害な水とゼリーに変える性質がある、と聞いた」


俺はリシュの記憶の中から、その情報を引っ張り出した。

この世界でスライムは、最下級の魔物として、子供でも倒せる存在として知られている。

だが同時に、農村部では「汚物処理係」として家畜のように使われている地域もあるらしい。

辺境のアステリス領では、その文化が長らく途絶えていた。


「は、はい。森に行けば、毎日のように湧きます。ですが、ここではあまり使う者がおりませんで」

「明日から、捕獲を始めましょう。各村に三十匹ずつ、配置する」


ベルントが口をぱくぱくさせた。


「三十ですか」

「最終的に、一村あたり百匹は欲しい」


俺はピラミッドのその柱の下に、また一つ、項目を書き足した。


書き終えて、俺は村長たちを見渡した。


「半年後もう一度、皆さんに集まっていただきます。そのとき、私たちは別の風景を見ているはずです」


俺はそう、宣言した。


第三者称賛、というやつだろう。

六人の村長の半分が、目を真っ赤にして、声もなく、深く頭を下げた。

若い村長は、両手で口を覆って、嗚咽を堪えていた。


ベルントは横で、ただ、震えていた。


エマは壁際で、写本帳に、俺のピラミッドを、必死に書き写していた。

彼女の手も、震えていた。


帰り際、最年長の村長が、俺にこっそり耳打ちした。


「リシュ様。私、今夜、ようやく息子に、安心して飯を食わせられる気がいたします」


俺は何も言わず、ただ、彼の肩に、軽く手を置いた。


──そして、この日の夜のことだった。

俺の議事録の写本一枚が、商業ギルドの裏のルートに渡り、王都の財務官の机に届くまで、あと十週間と、四日。

俺はまだ、知らない。



館に戻ると、執務室で、ベルントがまた震えていた。


「坊ちゃま、本日のお話たいへんに、刺さりました」

「刺さるって。古いビジネス用語のような言い方をしますね」

「いえ、その。胸の真ん中に、矢が突き立った気分で」


老人は本気で言っているらしかった。


俺は彼に椅子を勧めた。

冬の夕方の、淡い光が、執務室の机を斜めに照らしていた。

机の上にはすでに、新しい台帳が積み上げられていた。


「ベルント。さっき、村長たちに言ったこと、半分は嘘だ」

「は」

「あれ、占いみたいに聞こえるだろう。でも、別に俺は予言したわけじゃない。ただ、過去の事例を知っているだけだ」


俺はリシュの記憶の中で、領史を高速で検索した。

百二十年前、北部の同規模の領で、似た衛生問題から疫病が起きて、人口が三割減った記録が残っていた。

それを思い出して、応用しただけだ。


「過去から学ぶ。これ、コンサルの基本中の基本だ」

「コンサル、と申されますと」

「ああ、すまない。なんでもない、業界用語だ」


老人はしばらく、宙を見ていた。

それから、はっとした顔をして、引き出しから、一通の手紙を取り出した。


「坊ちゃま。今朝、王都から、一通、届きました」

「王都?」

「商業ギルドの王都本部からです。先代様が亡くなって以来、何の連絡もなかったのですが」


俺は手紙を受け取った。

分厚い羊皮紙。

封蝋の色は深い赤。


開くと、堅苦しい挨拶のあとに、こう書かれていた。


「貴領の財政再建について、ぜひ、当方の専門官を派遣させていただきたく」


俺は苦笑した。

彼らも、何かが起きていることを、嗅ぎつけたらしい。

たぶん、商業ギルドの末端の支部の人間が、俺の動きを、本部に報告したのだろう。


「ベルント。これは、明日、丁寧に断っておこう」

「断る、のですか?」

「うん。彼らの利益と、領民の利益が、まだ一致していない。早すぎる」


俺はその手紙を引き出しの奥に、しまった。


「ベルント、もう一つ、頼みがある」

「はい」

「館の地下に、古い書庫があると、エマが言っていた。明日、案内してくれないか」

「ああ、あの場所ですか」


老人の顔がわずかに、曇った。


「あの書庫は、長らく封印されておりまして。先々代様の御代に、教会から、立ち入りを禁じられました」

「教会、ね」

「古代の魔導書、と分類されたものが、何冊か、収められております。中身を見たのはもう、私の祖父の代が最後で」


俺は頷いた。


「では、内緒で行こう。エマと、君と、俺の三人だけで」


ベルントはなぜか、にやりと笑った。

それは、長らく機を伺っていた老兵が、ようやく命令を受けたような笑い方だった。


「お供いたします、坊ちゃま」


その夜。

俺は寝室で、エマが清書してくれた、ピラミッドの図を、もう一度眺めた。

頂点の「領地再建」がなぜか、淡く、光って見えた。

気のせいだろう。

寝不足だ。


俺は目を閉じた。


明日。

書庫だ。

俺はまだ、何も知らない。

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