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ここにいる

 式は、穏やかに進んでいた。

 

 王国の小さな礼拝堂。派手な装飾はない。でも、窓から差し込む午後の光が、石畳を柔らかく照らしていた。

 

 参列者は結構多い。

 

 ミラ、シア、レザード、シアの祖父。私の家族、友達。それから騎士団の面々が何人か。

 

 祝ってくれる人が多くて嬉しい。

 

 神官が言葉を読み上げる。智様が、珍しく緊張した顔で前を向いている。耳が赤い。

 

(……可愛い)

 

 心の中だけで思った。

 

 誓いの言葉を交わした。指輪を交換した。

 

 智様の指先が、少し震えていた。

 

(震えるくらいなら、朝から何度も練習しなければよかったのに)

 

 昨夜、智様は指輪の渡し方を三十回以上練習していた。付き合わされた私も人のことは言えないが。

 

「……おめでとう」

 

 ミラが、目を真っ赤にして言った。

 

「泣いてるじゃないですか、ミラ様」

 

「泣いてない! 目にゴミが入っただけ!」

 

「両目同時にですか」

 

「うるさい!」

 

 レザードが、静かに微笑みながら拍手をしていた。その目も、うっすら潤んでいる。

 

 シアの祖父が、孫の方を見た。シアは腕を組んで、天井を向いていた。

 

「……泣いているのか」

 

「泣いてない」

 

「目が赤い」

 

「うるさい、じじい」

 

 珍しく、祖父が小さく笑った。

 

 

 祝宴になった。

 

 食堂に移り、料理が並び、酒が注がれた。

 

 ミラとシアは、乾杯の挨拶が終わる前から飲み始めていた。

 

「お前ら早すぎるだろ」

 

 智様が呆れた声を出す。

 

「いいじゃないですか、今日くらい」とミラ。

 

「今日くらいじゃなくていつもだろ」とシア。

 

「シアも飲んでるじゃない」

 

「あたしはいつも飲んでる。お前は今日くらいって言った。そこが違う」

 

「細かい!」

 

 にぎやかだった。

 

 私はその様子を眺めながら、お茶を口に運んだ。

 

(……幸せだな)

 

 そんなことを、ふと思った。

 

 屋敷でメイドをしていた頃も、勇者パーティーになってからも、迷いの森にいた間も。色々あって、ここに来た。

 

 遠回りすぎる道のりだったけれど。

 

 でも今、この場所にいる。

 

 

 酒宴も半ばを過ぎた頃、シアが立ち上がった。

 

 頬が赤い。目が据わっている。

 

(……飲みすぎですわ、シアさん)

 

「一発芸をやろう」

 

「え?」とミラ。

 

「一発芸だ。祝宴といえば一発芸だろ」

 

「そんな文化あったっけ」

 

「今作った」

 

 シアは腕まくりをして、場の中央に立った。祖父が、孫を静かに見守っている。

 

「見ていろ」

 

 シアが、手のひらを前に向けた。

 

 そこに、小さな光が灯った。

 

 魔法だった。

 

 暴発ではない。制御された、綺麗な光の球。

 

「おおっ」とミラが声を上げる。

 

「……シア」

 

 祖父の声が、低くなった。

 

「お前、魔法が」

 

「使えるようになったぞー!」

 

 シアが誇らしげに宣言した。

 

 祝宴が、どよめいた。

 

 智様も、目を見開いている。レザードが「いつの間に」と呟いている。

 

 私は、その光を見つめていた。

 

 綺麗な光だった。制御が効いている。暴発しない。

 

(……あら)

 

 何かが、頭の中で繋がった。

 

 シアが魔法を使えなかったのは、適性がなかったからだ。だからあんなに槍を極めたと聞いている。

だとしたら今、なぜ使えている…?

 

 つまり。


(…性の…伝承?)

 

 私はゆっくりと、シアを見た。シアと目が合った。

 

「……あ」

 

 シアの顔から、酔いが一気に冷めていくのがわかった。

 

 私は微笑んだ。いつも通りの、完璧な笑顔で。

 

「……シアさん」

 

「な、なんだ」

 

「少し、お話があります」

 

「……ちょ、待て、これは、あの、その」

 

「智様も」

 

 智様が、明らかに姿勢を正した。

 

「……シルク、これは」

 

「はい」

 

「一つだけ言っていいか」

 

「どうぞ」

 

「お前とこうなる前に……テンセルとの一件の時の……だから……」

 

「そうですか」

 

「シアが助けてくれた」

 

「……そうですか」

 

「だから」

 

「智様ァァァ!!」

 

 笑顔が、崩れた。

 

「だとしても許せるかどうかは別の話ですわ!!」

 

 式場が、阿鼻叫喚になった。

 

「ちょ、待て、今日は結婚式だろ!」

 

「シ、シルク待て!お前が智を慰めろって言ったから慰めた!」

 

「誰も身体でなんて言っていません!!!」

 

 ミラが爆笑しながら机を叩いている。

 

「ミラ様!!!あなたにもこの際言いたいことがあります!時効なんてありませんわ!」

 

 ミラも何かを思い出し青くなった。

 

 レザードが遠い目をしている。

 

 祖父が、静かにお茶を飲んでいた。

 

「……にぎやかな式だ」

 

 誰にも聞こえない声で、そう呟いた。

 

 

 ひとしきり騒いで、ようやく全員がぐったりしてきた頃。

 

 私はお茶を一口飲んで、ふと思い出したように言った。

 

「そういえば智様、一つ聞いてもいいですか」

 

「……なんだ」

 

 智様が、まだ警戒した顔をしている。

 

「迷いの森で、なぜ私だとわかったんですか?」

 

「……剣が腐食してなかったから」

 

「それは聞きましたが。それだけですか? ふつうそれでは確証をもてませんよね」

 

「……」

 

「愛ですか?」

 

 智様が、少し間を置いた。

 

「そ、それは……」

 

「え? 聞こえませんわ?」

 

「い、いやだから……その」

 

「なんなの? そんな言いづらい理由?」

 

 横からミラが身を乗り出してきた。

 

「む、胸の形で……」

 

 一瞬、場が静止した。

 

「最っ低!!」

 

 ミラが即座に叫んだ。

 

「いや、でも腐食の魔女がシルクだってわかったのは本当にそれが決め手で……」

 

「言い訳しないでください!!」

 

 ミラ様は改めて叫んだ。

 

 私は両頬に手を当てていた。

 

「……シルク、なんで照れてるんだよ」

 

 シアが呆れた顔で言った。

 

「照れていません」

 

「顔が赤い」

 

「……気のせいですわ」

 

 智様が、こちらをちらりと見た。その目が、少しだけ得意げだった。

 

「……最低ですわ、智様」

 

「そうか」

 

「でも」

 

 私は視線を逸らしながら、小さく言った。

 

「……覚えていてくれて、ありがとうございます」

 

 智様が、黙った。それから、耳を赤くして顔を背けた。

 

 ミラが「もう何なのこの二人」と言いながらお酒を飲んだ。

 

 シアが盛大に溜息をついた。

 

 レザードが遠い目のまま微笑んでいた。

 

 祖父が、また静かにお茶を飲んでいた。

 

 

 夜になって、ようやく騒ぎが収まった。

 

 私は智様の隣で、窓の外を見ていた。

 

「……お、怒ってるか?」

 

 智様が、おそるおそる聞いた。

 

「怒っています」

 

「ご、ごめん本当に…色々」

 

「でも」

 

 私は少しだけ間を置いた。

 

「あの時も、今も。智様が生きていてくれて、よかった」

 

 智様が、黙った。

 

「シアさんとミラ様のことは、まあ……いつか許します。たぶん」

 

「たぶん、か」

 

「たぶんです」

 

 智様が、小さく笑った。私も笑った。

 

 窓の外、王都の夜は静かだった。

 

 長い話が、ようやく終わった。

 

 でも、これからが始まりだと思った。

 

 智様の隣で、そっと息を吐いた。

 

 ここにいる。

 

 ちゃんと、ここにいる。


ありがとうございます

もう少しでこのお話も終わりになります

できれば最後までお付き合いください

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