エピローグ
「パパ!休みの日くらい剣を振るのをやめて、子供の面倒も見てくださいまし!」
シルクの声が、庭に響いた。
俺は木剣を下ろした。
「う、ご、ごめんママ。おいでリネン」
五歳の娘が、とてとてと駆けてくる。
金髪で、目が大きくて、笑うとえくぼができる。
どう見ても、シルクの娘だった。
◇
リネンの手を引いて、王都の通りを歩いた。
「パパァ、どこいくの?」
「んー……取り敢えずシアのとこでも行くか」
「わーい、シアねえのとこだ。でもぉ、ママ怒らない? ママいないところでシアねえに会うと怒るよぉ?」
「う……」
「シアねえがね、パパはママにシリニシカレテルって言ってたよ?」
「その単語は忘れていい」
リネンが首を傾けた。
その顔が、シルクにそっくりだった。
◇
近衛の詰め所の前に立つと、シアが出てきた。
近衛の制服を着ている。
「よう、シア」
「久々に顔を出したな、智」
「近衛はどうだ? 制服やはり似合わないな」
「シアねえかっこいい!」
シアがリネンを見て、少しだけ顔を緩めた。
「はは、そうだろ。私はこういうのも似合うんだ。いい子だなー、リネンは」
リネンがシアの手を引っ張って笑っている。
しばらく三人で話した。
「そういえば智、ミラがリネンに会いたがっていたぞ。この時間は休憩時間だ。行ってみたらどうだ?」
◇
訓練場の隅で、ミラが剣を振っていた。
相変わらずだった。
「ミラねえ!」
「あら、リネンじゃない! 智も」
「なんでそんなにリアクションに差があるんだミラ……」
「当たり前じゃない」
「えー……辛辣」
ミラはリネンの前に膝をついて、懐から小さな包みを取り出した。
「はい、お土産よ」
「わー! かわいい! ありがとうミラねえ!」
シールだった。花や星の形をした、小さなシール。
「こんなの今はやってるのね」
「うん! ノートに貼ってお友達と交換したりするの!」
「へえ」
ミラがリネンの頭を撫でながら、俺を見た。
何も言わなかった。
ただ、少しだけ目を細めて、笑った。
それだけで、十分だった。
◇
帰り道、リネンが俺の手を握ったまま歩いている。
「よかったな、みんなお前を可愛がってくれてる」
「えへへぇ」
夕暮れの通りを歩きながら、俺はふと言った。
「顔も、性格もママに似てよかったよ」
「そー? よくわかんなぁい」
リネンが笑う。
その笑い方が、やっぱりシルクにそっくりだった。
◇
家の扉を開けると、シルクがいた。
「ただいま、ママ」
「おかえりなさい。リネンも」
「シアねえとミラねえと遊んできたー!」
シルクが俺を見た。
「……パパ。後で話があるわ?」
「う……!」
◇
「そういえばなんでシアは近衛なんかに戻ったんだろうな」
夕食の後、リネンが首を傾けながら言った。
「オキュウリョウがいいって言ってたよ?」
「あー……」
「レザードねえは今何してるの?」
「あー、あいつは今は冒険者なんだ。悪いやつをやっつけ回ってるんだとさ」
「悪いやつですか?」
シルクが聞いた。
「アラミド教団の逃げた幹部を追うんだと。冒険者はフリーランスだから、拘束時間を気にせず動けるんだとさ」
「コウソクジカン?」
リネンが眉間に皺を寄せて考え込んだ。
シルクが噴き出した。
「ふふ……リネン、考え込んだ顔パパそっくり。あはは。ほんとパパに似てよかった」
「パパはさっきはママに似てよかったって言ったのに」
「どっちにも似てるんですわ」
リネンがきょとんとした顔をしている。
智様が、少し照れたように視線を逸らした。
(本当に、パパに似てよかった。不器用で、素直じゃなくて、でも誰より真っ直ぐな、あの人に)
心の中だけで思った。
◇
リネンが寝た後。
俺は剣の手入れをしていた。
いつもの習慣だ。二十年前から変わらない。
ただ、あの頃と違うのは。
隣に誰かいることだ。
シルクが、俺の隣でお茶を淹れている。
お茶の香りが、部屋に漂う。
あの朝のことを、ふと思い出した。
シルクがいなくなった朝。廊下に残っていたお茶の香り。胃がひっくり返るように泣いた、あの朝。
今は同じ香りが、温かかった。
「……智様」
「ん?」
シルクが、俺の隣に座った。
「幸せですわ」
俺は剣を置いた。
何か言おうとして、うまく言葉が出なかった。
結局、それだけ言った。
「……俺も」
シルクが、小さく笑った。
窓の外、王都の夜は静かだった。
長い長い旅が、ここに終わる。
いや。
ここから、始まる。
思えば。
あの朝、タオルを持って庭に出た日から。
俺はもう、奪われていた。
そして今も。
ずっと、奪われたままだ
最後までご閲覧ありがとうございました!
今、新作と、この話のリメイク版も作成中です。
あまりにも文が稚拙だったもので……
もし興味をもっていただけたらブクマ等よろしくお願い致します
ここまで本当にありがとうございました!




