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ちゃんと、ミラだった?

 エルフの村を出たのは、夜明け前だった。

 

 長老との別れは短かった。シアの祖父でもある彼は、孫の背中をただ静かに見送るだけで、余計な言葉を一つも言わなかった。それがかえって、じんわりと胸に残った。

 

 村の門をくぐり、森の道に入ったところで、レザードが口を開いた。

 

「ねえシア、一個聞いていいかしら?」

 

「なんだ」

 

「さっきのお爺様との会話……あれ、なんで急にあんな喋り方になってたの?」

 

 シアの足が、ぴたりと止まった。

 

「……何の話だ」

 

「いや、だって」

 

 レザードが笑いを堪えきれない顔で続ける。

 

「『おじい様、ご心配をおかけして申し訳ございませんでした』って……」

 

「黙れ」

 

「『皆様によくしていただいております』って……」

 

「黙れと言っている」

 

「あの口調、完全にお嬢様じゃないですか」

 

 今度はシルクが、口元を隠しながら言った。その目が完全に笑っている。

 

「シア様、普段とまるで別人でしたわ。あんなに丁寧で、柔らかくて……」

 

「うるさい! あれは、あれはそういう場だっただけだ! 長老の前では誰でもああなる!」

 

「なりませんよ」とシルクが即答した。

 

「おれもならないな」

 

「私もー」とレザードが追い打ちをかけた。

 

「全員黙れ!!」

 

 シアの顔が、耳まで真っ赤だった。眼鏡の奥の目が泳いでいる。槍を地面に叩きつけそうな勢いで早足になる。

 

「……そもそも、あたしが誰の孫だと思ってる。多少は、礼儀というものが……!」

 

「お嬢様だ」と三人同時に言った。

 

「違う!!」

 

 シルクが品良く笑い、レザードが肩を揺らし、俺は苦笑した。

 

 シアは一人で先を歩きながら、ぶつぶつと何かを呟いていた。

 

 その背中が、いつもより少しだけ小さく見えた。

 

(……いい奴だな、あいつ)

 

 そんなことを、ふと思った。

 



「……道中、随分と派手にやったな」

 

 しばらく進んだところで、シアが低い声で呟いた。

 

 俺たちの足元に、無数の魔族の残骸が転がっている。

 

 石化したもの。真っ二つに断ち割られたもの。原型すら留めないほど爆散したもの。

 

 どれも一撃だ。複数の攻撃を受けた痕跡がない。圧倒的な力で、一瞬のうちに処理された跡だった。

 

「……石の魔眼と、爆轟魔法」

 

 シルクが静かに言った。その声は穏やかだったが、指先が微かに震えている。

 

「ミラ様が、通った道ですわね」

 

 誰も返事をしなかった。

 

 俺は無言で前に進む。魔王城の入口が、もう目と鼻の先だった。

 

 城内に踏み込んだ瞬間、轟音が響いた。壁が、天井が、揺れている。

 

「戦闘音だ」

 

 シアが槍を構え直す。俺たちは音の源を目指して走った。

 

 扉を蹴破った先に、広大な玉座の間があった。

 

 そして。

 

「……っ」

 

 俺は思わず、息を呑んだ。

 

 ミラがいた。

 

 白髪に、赤みがかった肌。腰から伸びる細い尾。額から生えた二本の角。そして背中に折り畳まれた、薄い翼。

 

 森で見たときより、変化が進んでいる。

 

 それでも、あの動き方は間違いなくミラだ。

 

「あ……」

 

「ミラ、様……?」

 

 シルクの声が、掠れた。

 

 横でシアが槍を握る手に力を込めるのがわかった。その目が、一瞬だけ揺れる。

 

(テンセルを思い出してるんだろうな)

 

 俺には見当がついた。仲間が魔族に変わっていく、あの光景と重なってしまう。

 

 だが、今それを気にしている余裕はなかった。

 

 玉座の間の中央で、ミラは一人の若い魔族と向き合っていた。

 

 細身の体躯。整った顔立ち。だが全身から滲み出る魔力の密度は、並の魔族とは比べ物にならない。

 

 魔王の子孫、カセン。騎士団がやっとの思いで手に入れた情報通りだ。新たな魔王軍の核となりつつあると報告を受けていた存在だ。

 

「がっ……く、ぅ……なぜだ……なぜ、人間如きに……!」

 

 カセンの声は、もはや怒りではなく恐怖だった。その体は満身創痍だ。石化が解けた直後に爆轟を叩き込まれた痕跡が、全身に刻まれている。

 

 対するミラは、無傷だった。

 

 いや、それどころか。

 

(……強い)

 

 俺は静かに戦慄した。

 

 ミラの動きに、無駄が一切ない。魔眼でカセンの動きを封じ、その隙に爆轟を叩き込む。そのサイクルが恐ろしく洗練されていた。

 

 15年前の勇者たちを、俺はよく知っている。あの化け物じみた連中と、肩を並べて戦ってきた。

 

(……超えてる)

 

 あいつらより、強い。圧倒的に。

 

 魔眼の精度も、魔法の出力も、判断の速さも。あの五人の誰よりも、今のミラの方が上だ。

 

「ミラ様! 無事ですか!」

 

 シルクが声をかけた。

 

 ミラの動きが、一瞬止まる。

 

 フードの奥から、こちらを振り向いた。

 

 左目が、薄く光っている。石の魔眼が、静かに揺れていた。

 

「……来てたんだ」

 

 その声は、ミラの声だった。

 

 でも、どこか違う。抑揚が薄い。感情の起伏が、削ぎ落とされたような。

 

「ミラ……」

 

 俺が一歩踏み出した瞬間。

 

 カセンが動いた。

 

 倒れ伏したまま、最後の魔力を絞り出すように手を伸ばす。

 

「死ね……人間……ッ!」

 

 魔力の奔流が、ミラに向かって放たれた。

 

「ミラ様!」

 

 シルクが叫ぶ。

 

 だがミラは、避けなかった。

 

 魔眼を開いたまま、ただカセンを見下ろした。

 

 魔力が、石化する。

 

 完全に静止した奔流が、そのまま空中で砕け散った。

 

「……終わりだよ」

 

 ミラが呟いた。

 

 その声に、感情はなかった。冷たくも熱くもない。ただ、事実を告げるような、乾いた声。

 

 爆轟が、炸裂した。

 

 轟音。閃光。

 

 煙が晴れたとき、カセンはもう動かなかった。

 

 俺は黙って、その光景を見ていた。

 

 強かった。圧倒的に。でも俺が知っているミラの戦い方は、こうじゃなかった。もっと泥臭くて、ぎりぎりで、それでも諦めない戦い方だった。

 

 今のミラには、そのぎりぎり感がない。

 

 強くなったのか。それとも、何かが削れたのか。

 

 俺には、判断できなかった。

 

「……ミラ」

 

 俺は、静かに呼んだ。

 

 ミラが、ゆっくりとこちらを向く。

 

 フードの奥の瞳は、まだ石の魔眼が光ったままだった。消えていない。戦闘が終わっても、まだ開いたままだ。

 

「……あ」

 

 ミラが小さく声を漏らした。

 

 魔眼の光が、ゆっくりと薄れていく。

 

 その瞬間、膝が折れた。

 

「ミラ様!」

 

 シルクが駆け寄る。俺も走った。

 

 ミラの体を支えると、その体温が異様に高いことに気づいた。

 

「……大丈夫?」

 

 俺が問いかけると、ミラはフードの奥から、かすかに笑った。

 

 でも、その笑顔が。

 

 いつものミラの笑顔と、どこか違う気がした。

 

「ねえ、智さん」

 

 ミラが、掠れた声で言った。

 

「私、今……ちゃんと、ミラだった?」

 

 誰も、答えられなかった。


たくさん読んでいただきありがとうございます


物語はもう少し続きます

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