三日間、扉は開かなかった
シルク視点
智様が部屋に引き籠もってから、三日が過ぎた。
運ばれる食事には、ほとんど手がつけられていない。扉の向こうから聞こえるのは、時折漏れる重苦しい吐息だけ。
私は意を決して、木皿に温かいスープを載せ、彼の部屋の扉を叩いた。
返事はない。
鍵はかかっていなかった。
「……智様、失礼いたしますわ」
カーテンの閉め切られた薄暗い部屋。
智様はベッドの上に力なく座り込んで、焦点の合わない瞳で虚空を見つめていた。その横顔は、まるで生気をすべて吸い取られた人みたいで。
「智様……少しでも召し上がってください。このままでは、お体が……」
声が震えた。
私は彼を、一人の男性としてお慕いしている。だからそのやつれた頬に触れたくて、縋るように体を寄せた。彼の肌から伝わる冷たさに、胸が締め付けられる。
「私がついておりますわ。ですから、どうか……」
「……すまない、今は放っておいてくれ」
突き放すような声だった。
温度が、一切なかった。
差し伸べた手が、宙で止まる。
「……っ、失礼いたしましたわ……」
逃げるように部屋を飛び出した。廊下を走りながら、視界が滲んでいく。
別室でシアを見つけるなり、私は今あったことを打ち明けた。シアは静かに話を聞いていたけれど、その瞳には、かつてないほど濃い影が落ちていた。
「……あいつ、本気でまずいわね」
シアが静かに、でもはっきりと言った。
「ええ……。テンセル様のことを、ご自分のせいだと思い詰めていらっしゃるんだと思います」
「分かってる。……分かってるけど」
シアが壁にもたれて、天井を仰いだ。
「あいつが自分で動かない限り、私たちにできることなんて、たかが知れてるのよ…だけど…な」
その言葉が、じわじわと胸に染みた。
ミラ視点
王都の外、夕闇が迫る草原。
胸の奥がずっとザワザワしていた。あんなに暗い顔の智さんを見たのは、初めてだったから。
(戻って、そばにいてあげたい。……でも)
視線の先では、活性化した魔物の群れが咆哮を上げている。国からの緊急依頼。それに、この新しい力を試したいという抗いがたい衝動が、私の足をここに繋ぎ止めていた。
「……くる」
以前のような激痛はない。むしろ、血管に冷たい水が流れるような、静かな感覚。
「――『石の魔眼』」
視界が灰色に染まる。
オークの群れが、空気ごと固められたように動きを鈍らせた。無防備に晒された首筋。私は右手に魔力を凝縮させて、一気に解放した。
「纏まっててくれると、助かる。――『爆轟』!」
轟音と共に炎が渦巻いて、灰色に固まった魔物たちを塵へと変えていく。
あっけないほど、簡単だった。
(……すごい。全然、怖くない)
かつては命がけだった戦闘が、今は事務的に終わる。魔眼で動きを封じて、大魔法で仕留める。それだけ。
智さんから得た力が、智さんのいない場所で、皮肉なほど完成されていく。
焦土と化した草原に立って、私は自分の手のひらを見つめた。
「……ねえ、私、強くなったよ」
誰もいない。
風だけが、草を揺らして通り過ぎた。
この安定した力の源が、あの地下牢の惨劇にあるのだとしたら。智さんに、どんな顔をして会えばいいんだろう。
「……お腹、空いたな」
独り言が、暗い風に溶けて消えた。
完結まで書き上がりましたので、毎日投稿しています




