表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/44

一肌と人肌

シア視点


「……もう、見ていられませんわ」


 王宮の回廊、人目を忍ぶようにシルクが縋ってきた。瞳が赤く腫れて、いつも整ってるはずの法衣がわずかに乱れてる。


「智様は……本当は人一倍傷つきやすい方なんです。それを必死に隠して、嫌われないように、失望されないように。心の中ではいつも大慌てで……。あんな風に他者を拒絶するなんて、本来の彼ならありえませんわ」


 震える声が、胸の奥をチリリと焼く。

 確かにアイツはいつも「うまくやってる」ように見えた。弱いくせに、この殺伐とした世界で誰よりも冷静に、誰よりも気を遣って立ち回ってた。


「このままでは……智様が、心から死んでしまいます。シアさん、お願いです。私ではダメでした。今のあの方の闇を、どうか……」


 智の一番の理解者はこいつで間違いない。

 ただ、シルクの涙は真っ直ぐで純粋すぎる。今のアイツには、眩しすぎるんだろう。


 私は彼女の肩を一つ叩いて、重い槍を壁に立てかけた。


「……わかったよ。あたしがちょっと、一発入れてくるわ」

 

 智の部屋は、冷え切っていた。

 よどんだ空気と、微かな胃液の匂い。ベッドの上に座り込むその男は、まるで見えない鎖に縛られてるみたいに、一点を見つめて動かない。


「おい。いつまでそんなツラしてやがる」


「……シアか。すまない、今は誰とも話したくないんだ。出ていってくれ」


 掠れた、死人みたいな声。

 私は迷わず歩み寄って、その頬目掛けて強烈な平手打ちを叩き込んだ。

 乾いた音が、静寂を切り裂く。


「……ウッ!」


 智の顔が横に飛ぶ。驚愕したようにこちらを見上げた。頬を赤く腫らして、ようやくその瞳に「生きた人間」の光が宿った。


「シルクがどれだけ心配してたか分かってるのか。……いいから吐き出せ。何をそんなに抱え込んでる」


「……分かってる。分かってるんだ。でも、俺があの場でテンセルをあそこまで追い詰めなければ。兵士たちも言ってた。俺が彼女を壊したんだ。俺のせいなんだ……」


 震える声。積み上がった自責が、アイツの首を絞めてる。

 私はため息をついて、おもむろに腰のベルトを緩めた。


「……は? シア、何して……」


 無言で上着を脱ぎ捨てる。薄い下着一枚になった私を見て、智の顔がさらに驚愕に染まった。


「あ? 文字通り一肌脱いでやってんだよ。……安心しろ。お前がたまにあたしの体を見てたことくらい知ってる。男ってのは、女を抱くと嫌なことを全部忘れるらしいじゃないか。欲望があるなら、全部あたしにぶつければいい」


「なっ、お前は何を……! 冗談だろ!?」


「冗談に見えるか?」


 混乱するアイツをベッドに押し倒して、その上に跨がった。


「……あたしはお前に気なんてない。だから後腐れもない。誰にも言わん。遠慮しないであたしを使え」


 智の肩が、私の腕の中で激しく震えてる。


 私はアイツの耳元に唇を寄せて、最も重い呪縛を解くための言葉を囁いた。


「……いい。あいつにトドメを刺したのは、あたしだ。お前は何も悪くない。全部あたしのせいにして、今は寝ろ」


 その瞬間、智の力がふっと抜けた。

 しがみつく手の力が強まって、熱いものが私の肩を濡らす。


 私は何も言わなかった。ただその震えが収まるまで、無様に泣き続ける男を、強く抱きしめ続けた。

 


 差し込む朝日に、重い瞼を開けた。

 数日ぶりに、泥みたいな深い眠りから覚めた気がする。頭の芯に残ってた痺れるような痛みは消えてた。


でも代わりに、全身に妙な倦怠感が残ってる。


(……あれ?)


 腕の中に、確かな重みがあった。

 隣を見れば、蒼色の髪がシーツの上に散らばってる。


黒縁メガネが枕元の小棚に丁寧に置かれていた。


 昨夜の記憶が、濁流みたいに流れ込んできた。


 シアの、強引すぎる抱擁。

 剥き出しの肌の熱。

 そして――。



(……やっちまった…………)



 隣で無防備に寝息を立ててるシアの横顔を見る。


 あんなに冷酷に「後腐れはない」と言い放った女の顔が、今は驚くほど穏やかで、少女みたいにあどけない。


 俺を救うために、彼女は文字通り


―― 一肌脱いだのだ  ――


 感謝と、申し訳なさと、男としての凄まじい気恥ずかしさが混ざり合って、俺は朝の光の中で、ただ天を仰ぐしかなかった。


「……どうすんだよ、これ」


 独り言に、シアが小さく身悶えして、俺の腕に顔を埋めてくる。


 その体温だけが、今の俺をこの世界に繋ぎ止めていた。


ストック完結済みです

毎日投稿しています

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ