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快晴と毒

 王宮の一室は、場違いなほど静かだった。


 高い天井のシャンデリアが、天蓋付きのベッドに横たわるミラを白々と照らしてる。その周りを白いローブの宮廷魔導師たちが代わる代わる取り囲んで、難しい顔で何かを確認しあってた。


「……わかりませんな。禍々しい魔力の痕跡など、何一つ」


 中心にいた老魔導師が、深い皺の刻まれた眉間をさらに寄せて首を振る。


 あの黒い光も、氷点下まで落ちた冷気も、今のミラには影も形もなかった。


「左目の『石の魔眼』の状態も極めて安定しています。それどころか……以前よりずっと強固に、肉体に馴染んでいるようですな」


 本来なら喜ぶべき言葉だ。でも輪の端で青白い顔をしてたシルクが、震える指先で自分の腕を抱きしめた。


「智様……数値上は完璧なんです。でも、だからこそ怖くて」

「シルク」

「地下であれほど彼女を苦しめてた『何か』が……今は彼女の力そのものに、溶け込んでしまってるように見えて」


 俺は答えられなかった。

 魔導師たちは現場を見ていない。テンセルがどんな姿になったか、あの地下で何が起きたか、知らない人間の分析はどこか空虚に聞こえた。

 

 翌朝。


 シルクの不安をあっさり嘲笑うように、ミラは元気よく目を覚ました。


「え? なんか最高に気分いいんだけど! 体も軽いし、魔眼の視界もクリアで!」


 鏡の前で自分の左目をぺたぺた触りながら、鼻歌まじりに笑ってる。昨日、獣みたいな声で床をのたうち回ってた子と同じ人間とは思えなかった。


「魔力もすっごく安定してるし、なんだったんだろ。ねえ智さん、シア! お腹空いちゃった。ちょっとその辺の魔物でも狩って試運転してくる!」


 明るい笑い声を残して、一人で王都の外へ飛び出していった。

 その背中を見送りながら、喉の奥に苦いものがせり上がってくるのを感じた。


「……智、さっきから顔が死んでるわよ」

 廊下の壁に寄りかかってたシアが、冷めた声で言った。


 頭から離れないのは、テンセルの最後の顔だ。あの生真面目すぎた彼女のプライドを、決闘で砕いたのは俺だった。その隙間に何者かが入り込んで、あんなことになった。


(……俺のせいだ)

「少し、歩いてくる」


 シアの視線から逃げるように、ふらりと部屋を出た。

 廊下を歩いてたら、角の向こうから兵士たちの声が聞こえてきた。


「聞いたか? テンセルさんのこと。あの『無能の智』に負けたショックで、よっぽどトチ狂ったんだろうよ」

「自業自得だよな。プライドばっか高くて、最後は化け物に成り下がるなんてさ」


 足が止まった。

 

 部屋に戻って、ベッドに倒れ込んだ。

 眠れなかった。

 暗い天井を見上げてると、さっきの声が何度も何度も頭の中で繰り返される。


『負けたショックで、トチ狂ったんだ』

『自業自得だよな』

『化け物に成り下がるなんて……』


 目を閉じると、暗闇の中にあの銀色の聖印が浮かんで、テンセルが冷たく笑ってる気がした。

 うとうとするたびに、自分の動悸の音で跳ね起きる。冷や汗でシーツが張り付く。

 眠ることすら、できなかった。

 

 夕暮れ時、ドタドタと廊下に足音が響いて、ドアが勢いよく開いた。


「智さーん! ただいま! 見てよこれ、すっごく立派な猪が獲れたんだから!」


 ミラが仕留めたばかりの肉を抱えて飛び込んできた。

 その瞬間、部屋に血の香りと、脂ののった獣の重い匂いが広がった。


「ほら、新鮮なうちに焼こうよ! 智さんもお腹空いてるでしょ?」


「……っ、う……!」

 口を押さえてトイレへ駆け込んだ。


 胃液をぶちまけながら、床に膝をついて痙攣する。

 ドアの向こうから、困惑したようなミラの声と、肉を焼く楽しそうな匂いが漏れてくる。


 その明るさが。

 その何も知らない健康さが。

 今の俺には、何よりも耐え難かった。

完結までストック描き終わったので毎日投稿しております

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