残る不安
ミラの絶叫が、地下牢に響き渡った。
「あ……あぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
膝をついて、自分の左目に指を食い込ませてる。その隙間から漏れてる光は、もう黄金じゃない。黒い。どろりとした、深みのある黒。
「ミラ! おい!」
駆け寄って肩を掴んだ瞬間、吹き飛ばされた。
腕がじんと痺れる。痛みとは違う。なんか、拒絶されたみたいな感覚。
「ミラ様! 『癒やしよ、彼の魂を鎮め給え(ヒール)』!」
シルクが杖を構えて魔法を放つ。光がミラを包んだ、と思ったら、黒い霧に飲まれてかき消えた。
「……嘘でしょ。弾かれた? 私の魔法が?」
「何が起きてる! テンセルの時と同じか!?」
シアが立ち上がりながら叫ぶ。ミラは石床の上でのたうち回ってた。背中が弓なりに反って、喉から出てくる声がおかしい。一人の声じゃない。何人かが重なってるみたいな、低くて歪んだ呻き。
「入って……くる……っ。冷たくて、暗くて……頭の中、かき回して……っ!」
指が床を引っ掻く。爪が割れて血が出る。それでも止まらない。痛みなんて、もう届いてないんだろう。
「ミラ、俺を見ろ! ミラッ!」
もう一度飛びついて、力任せに抱きしめた。
冷たい。凍ってるみたいに冷たい。
左目から溢れる黒い光が視界に滲んで、頭に「声」が流れ込んできた。祈りとも悲鳴ともつかない、ごちゃ混ぜの何か。
(どうすれば……っ!)
歯を食いしばって、名前を呼び続けた。
――ふっ、と。
全部が止んだ。
冷気が消えて、黒い光が消えて、嵐みたいだったのが嘘みたいに静かになった。
「……ぁ……っ」
ミラの手が、床にぱたりと落ちる。
荒れてた呼吸が、ゆっくり落ち着いていく。
「……あ」
シルクの声だった。
杖がかたんと床に落ちて、そのままミラにすがりついた。
「よかっ……た……。ああ、神様……っ」
声を上げて泣いてる。さっきまでの極限の緊張が、一気に崩れた泣き方だった。
シアも槍を壁に立てかけて、長い息を吐いた。
「……ったく。心臓止まるかと思ったわよ、このバカ勇者」
「シア……声、震えてますよ」
「うるさい」
俺は腕の中のミラに、静かに額を寄せた。
「……よかった」
それだけで、十分だと思った。
しばらく、地下牢にはミラの寝息とシルクの泣き声だけが響いた。
少し落ち着いてから帰る準備を始めた時、シアとシルクの視線が自然と通路の奥に向いた。
「……テンセル、よね」
シアが低い声で言った。
「……はい」
そこにあるのは、さっきまで怪物だった体だ。異形は消えて、銀髪の女騎士の姿に戻ってる。でも死に顔は、苦しそうだった。
「人を中から作り変えるなんて……魔法じゃないわよ、あれ。呪いよ」
「彼女の祈りが……誰かに利用されたんだと思います。燃料みたいに」
シルクが、遺体の傍に落ちた銀の聖印をじっと見つめた。
「真面目な人だったから……。救いを求めた先で、あんなことに」
「……笑えないわね。死んでやっと楽になれるなんて」
シアが顔を背ける。その横顔に、怒りと悲しみがにじんでた。
「行こう」
俺は言った。背中のミラの重みが、愛おしくて、怖かった。
「テンセルのことはレザードに任せる。俺たちはミラを連れて帰る」
地下牢を出た。
一歩ごとに疲れが足に溜まっていく。
秘密の通路を抜けて夜風の中に出ると、王城の尖塔が月に照らされてた。
「戻ったら、ミラを一番いい部屋で休ませましょう」
シルクが涙を拭って、小さく笑った。
「目が覚めたら酒でも飲ませてやるわ」
「シアさん、それ絶対自分も飲みたいやつです
よね」
「……うるさいわね」
俺も、少しだけ笑った。
月明かりの下、三人で城へ続く坂道を登った。それぞれ胸に不安を抱えながら、現実を噛み殺した
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