魔族化
王城の鐘が激しく打ち鳴らされたのは、夕刻を過ぎた頃だった。
「ほ、報告! 地下牢が襲撃されました! 魔族の少数精鋭による隠密行動……捕虜、魔族レタンが奪還されました!」
「……何だと!?」
血相を変えた伝令の言葉に、俺たちは即座に動き出した。
魔力探知を掻いくぐるほどの精緻な隠密工作。王都の警備を完全に嘲笑うような、淀みのない奪還劇だ。
(……本格的にまずい)
ただの魔物の暴走じゃない。組織だった動きだ。
「……っ、レタンを逃したの……!?」
ミラの声に、俺は無言で頷く。左目がまた微かに光っている。魔眼の疼きが、彼女の焦りを増幅させているのだろう。
「行くぞ」
地下へと続く重厚な石造りの門。
そこには、三体の異形が立ち塞がっていた。
漆黒の甲冑を纏い、背中から蝙蝠のような翼を生やした魔族の精鋭。奪還されたレタンを逃がすための「時間稼ぎ」にしては、あまりに過剰な戦力だ。
「……目障りよ。そこを退きなさい」
ミラの声が低く響く。前髪の隙間から漏れ出す金色の光が、周囲の空気をぴりつかせた。
「ギガァッ!」
一体の魔族が大剣を振りかざしてミラへ肉薄する。
だがミラは動かない。ただ、左目で真っ直ぐに敵を見据えた。
「――石の魔眼」
視線が交差した瞬間、魔族の動きが急激に重くなる。足先から灰色の石化が広がり、剛腕が石像のように固まっていく。
「終わり!」
愛剣の一閃。魔力の奔流を纏った横薙ぎが、石化した魔族を粉砕した。砕け散った石の破片が地下通路に鳴り響く。
右側ではシアとレザードが共闘していた。
「智さま、見ていてくださいね! 私の愛が、このゴミを凍てつかせますわ!」
「チッ、うるせぇ。さっさと固めろ!」
レザードが放った極大の氷結魔法が、もう一体を瞬時に氷柱へと変える。そこへシアが長槍で地面を爆ぜさせながら跳躍した。
「せいやぁっ!」
重力と遠心力をすべて乗せた一撃が氷柱を直撃する。ダイヤモンドダストのような輝きと共に、魔族が粉々に砕け散った。
(……いや、強すぎだろ、あいつら)
俺は背後でその光景に若干引き気味だった。魔法、魔眼、圧倒的な物理。これが「勇者パーティ」のスタンダード。魔力を持たない俺が、本来並べるはずのないステージだ。
「ヒヒッ、運がいい。あっちの化け物共に行かなくて済んだ。お前、魔力もねえ、ただの人間か。首を土産に持っていけば、レタン様も喜んでくれるだろうぜ!」
最後の一体、細身の剣を携えた魔族が嘲笑と共に踏み込んでくる。
魔力を纏わせた縦斬りが、空気を爆ぜさせながら叩きつけられた。
俺は一歩も引かなかった。
それどころか、最短距離で踏み込みながら、剣を斜めに寝かせて掲げた。
ガギィィィンッ!
激しい火花。直後、衝撃音が「滑る」音へと変わった。
魔族の力が俺の剣の腹を伝い、虚空へと流れていく。
「なっ……!? 手応えが……!」
前方へのめり込んだ魔族の背中が、無防備に晒された。
(――ここだ。敢えて納刀し距離を取る)
鞘の中で加速した刃が火花を散らす。
「甘いんだよ!」
魔族が首を傾けてかわす。
(……ん?)
一瞬だけ、引っかかった。
突きをかわしながら、魔族の目が俺の剣に止まった。
縦じゃない。刃が、横に寝ている。
(突きなのに、なんで横……)
その答えが出る前に、刃が動いた。
ノーモーションで。予備動作ゼロで。
「我流――一文字」
「……あ」
喉を薙がれながら、魔族はようやく理解した。
だから、横だったのか。
頭部が地面に落ちる。
「ふぅ……少しは思い出してきたかな」
俺は剣の血を振り払い、納刀した。
「今の変な動きは何!?」
「へ、変!?変じゃないだろ!?失礼な!」
「智さまぁ、私にも同じものを……」
(お前らの強さの方がよっぽど変だし、さすがに首ちょんぱは死ぬだろ……)
背後でミラとレザードが騒ぎ始める。シアだけが、静かにこちらを観察していた。
だが、門の向こうから漂ってくる気配が、俺の思考を断ち切った。
精鋭たちとは比較にならない、禍々しい「変質」の気配。
松明の灯りも届かない深部へと続く階段。冷たい石壁を伝う湿気が、じわりと肌に張り付く。
足音を殺して最深部の扉へたどり着いた瞬間、俺は足を止めた。
鉄錆のような匂い。
扉の隙間から漏れる赤黒い染みが、石畳を濡らしている。
「智さん……これ」
ミラが息を呑む。
扉を押し開ける。
そこには、レタンを守るはずだった看守たちが全員倒れていた。
そして。
その中心に、ただ一人、返り血を浴びた影が立っていた。
近衛兵テンセル。レザードと一緒に模擬戦をしたばかりの相手だ。
だが、その姿はあまりに異様だった。
頭部からは漆黒の角が不均等に、まるで内側から無理やり押し出されたように歪んで伸びている。背後の尾は制御を失ったように不規則に蠢き、指先の爪は黒く変色して剥がれかけていた。
何より。
その目が、おかしかった。
濁った金色に染まり、焦点が合っていない。
――これは、人間の目じゃない。
「……テンセル」
レザードが、低く呼びかける。
テンセルはゆっくりとこちらへ顔を向けた。首が、壊れた人形のように、ぎこちなく、角度のおかしい方向へ傾いていた。
「あ……あ、あ」
最初に出てきたのは、言葉ですらなかった。
「救済……を」
次の瞬間、声のトーンが突然変わった。
「救済ヲ。神ガ、私ニ……チkラヲ」
機械的な、平坦な響き。だが、その合間に。
「いや……やだ、やだよ、こわい、こわい……っ」
全く別の、怯えた女性の声が混じった。
一瞬だけ。
すぐにまた、あの平坦な声に戻る。
「コレd……ツギハ」
テンセルの視線が、真っ直ぐに俺を捉えた。
「貴方ニ……kテ、る……っ」
沈黙。
俺は剣を抜かなかった。
(……自分でこれを選んだのか。それとも)
答えは、まだ出ない。
だが、あの一瞬だけ混じった「こわい」という声が、頭から離れなかった。
「テンセル」
もう一度、レザードが呼びかける。
その瞬間。
テンセルの表情が、すうっと消えた。
まるで、誰かが蝋燭を吹き消したように。
「命令、ヲ 実行」
次の瞬間――テンセルの体が、地面を蹴った。
音もなく。予備動作もなく。
ただ、死神のような速度で、まっすぐに俺へ向かってくる。
「智さん――っ!」
ミラの叫びが、地下通路に響き渡った。
完結の目処がたったので毎日投稿しています
ここまで読んでいただきありがとうございます!
少しでも「面白い」と感じていただけたら、
ブックマークや評価(★)を入れていただけると嬉しいです!
今後の更新の励みになります。




