―― 一刀流へ
右手の剣が砕け、俺の手元には左の一本だけが残った。 本来なら絶望的な状況。だが、俺の心は驚くほどに凪いでいた。
(……ああ、やっぱりこれだ)
しっくりくる。
二刀流という「不慣れ」を捨て、長年使い古した「正眼」に構え直した瞬間、全身の血の巡りが劇的に改善されたような錯覚さえ覚える。
二刀流はさらに強くなるため模索していた物だ。
体が、軽い。俺の命を繋ぎ止めてきたのは、いつだってこの一振りだ。
「……何よ、その余裕は。強がりなら、今のうちに言っておくことね!」
レザードが吠える。 彼女の細剣が、魔力を纏って陽炎のように揺らめいた。 踏み込みと同時に放たれる、神速の二連突き。
だが、俺にはそれが見えていた。 止まっている、とまでは言わない。だが、軌道が、重さが、そして彼女の「迷い」までが、手にとるようにわかる。
キンッ!
俺は一歩も引かず、ただ最小限の動きでその一撃を弾く。 両手で握る一刀の剛性は、片手ずつの二刀とは比較にならない。
「っ……!?」
レザードの目が驚愕に見開かれる。 そのまま鍔迫り合いに持ち込まれるが、俺はただ、腕の力を抜いて重心を預けた。
「お、おも……!? なんなの、この力は……!」
細剣を交差させて必死に耐えるレザード。 彼女の細い腕が、ミシミシと悲鳴を上げている。 俺は一歩、踏み込む。
「……どうした? おれは手数が半分に減ってるんだが?」
「……ふざけないでっ!」
俺が力を込めると、レザードの体は紙屑のように後方へと弾き飛ばされた。 鎧の重さを無視したかのような、圧倒的な衝撃。 彼女は空中で姿勢を立て直し、着地と同時に魔法の詠唱を開始する。
「《氷の契約者よ、貫く棘を放て――アイシクル・スピア》!」
放たれたのは、回避不能な扇状の氷塊。 だが、俺はそれを避けない。
(……直線的すぎる)
剣を振る。 力任せではない。氷の結晶が持つ「流れ」を見極め、その一点を剣先で撫でるように。
パキィィィィィィン!
鋭い音を立てて俺を避ける。 いや、避けたのではない。俺の剣筋に沿って、魔法の軌道そのものが「横に逸らされた」のだ。
「……嘘、でしょ? 魔法を、剣で受け流した……?」
驚愕に震えるレザードに対し、俺は淡々と告げる。
「直線的な魔法なんか、な。……15年戦ってきた魔族たちの、あのデタラメな剣筋に比べれば、いなすのは楽だよ」
「……化け物が!」
レザードが、ついにそのプライドを捨てて牙を剥いた。 二本の細剣を交差させ、そこから零距離で魔法を乱射する。
剣戟と魔力弾。 回避と防御を同時に強いる、彼女の「全力」。 周囲の観衆は、その閃光と轟音に目を細め、勝負が決まったと確信していただろう。
だが、俺は笑っていた。 一本の剣に集中できる贅沢。 視界に入るすべて、肌を刺す殺気のすべてを、俺の「一刀」が完璧に処理しきっていく。
「……はぁ、はぁ、はぁ……!」
数分にも感じられた猛攻のあと、レザードの動きが目に見えて鈍った。 魔力も体力も、底を突きかけている。
なら、終わらせよう。
(……我流、燕返し)
それは、かつて飛ぶ燕を撃ち落とすために編み出されたと言われる伝説の連撃。 同時に複数の地点を斬ると謳われる神速の技。
だが、俺のそれは少し違う。 自分の解釈と研究…「合理の極み」だ。
振り下ろされる刃。 レザードがそれを防ごうと剣を掲げた瞬間――その刃は、すでに下から彼女の懐を跳ね上げていた。
「なっ……!?」
上からの斬撃と、下からの切り上げ。 時間差など存在しない。まるで、空間そのものが二つに割れたかのような錯覚。
ズバァァァァァァッ!
「あ、がぁっ……!」
鮮血が舞い、土煙が上がる。 レザードの体は高く浮き上がり、そのまま力なく地面に叩きつけられた。
上下の筋を繋ぐのは、手首の返しじゃない。肩甲骨の引きと、膝の抜きだ。これに魔力はいらない。
静寂。 誰もが、今起きたことを理解できなかった。 最弱と呼ばれた男が、近衛のトップを、たった一振りの剣で粉砕したのだから。
ざわつき、どよめき、そして恐怖。 負の感情が渦巻く大広間の中で、ただ一人、俺の勝利を微塵も疑っていなかった少女が歩み寄る。
「……お見事です、智様」
シルクだった。 彼女は、周囲の困惑など意に介さない様子で、不敵な、それでいて誇らしげな笑みを浮かべている。
「皆様、どうか静粛に。……敗者の治療は、わたくしが責任を持って行いますわ」
彼女の手から、聖なる光が溢れ出す。 叩きのめされたレザードの傷を癒やしながら、シルクは俺を見上げ、悪戯っぽく瞳を揺らした。
その視線は、まるでこう言っているようだった。
――『これくらい、当然ですよね?』と。
俺は鞘に剣を収め、軽く肩をすくめる。 15年ぶりの本気。……少し、やりすぎたかもしれない。
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