宣戦布告
部屋の扉が重々しく開いた。
一歩踏み込んできたのは、騎士団の女性兵士だ。その面持ちには隠しきれない緊張が張り付いている。手には使い込まれた厚い革の手帳。
俺を見下すような色は見えないが……その瞳には、どこか割り切れない、苦々しい色が混じっていた。
「報告です……捕虜の女魔族……名前はレタン。……前魔王の、姪だそうです。尋問は……あらゆる手を尽くしましたが、それ以上の口は割らせられませんでした」
俺は眉を軽く跳ね上げた。
部屋の空気が一変する。冷や水が注がれたような静寂のあと、じりじりと焼けるような熱を帯びた緊張が走り抜ける。
「……ふうん、なるほどな」
シアの独り言を合図にしたかのように、張り詰めていた糸が弾けた。
「……お前が、手柄を独り占めにしたんだろう?」
背後から突き刺さるような罵声。王国近衛兵の一人だ。
王を守る盾として、実力もプライドも肥大化した精鋭集団。その傲慢さは、叩き上げの騎士団とは毛色が違う、選民意識に満ちたものだ。
ちなみにシアも元はその一人だが、彼女の場合は実力も毒舌も規格外すぎて、厄介払いとして勇者パーティーに放り込まれた経緯がある。
「ミラ様やシアが追い詰めた獲物を、最後にかっさらっただけだろう。この卑怯者が!」
罵声が刃となって俺の背中を叩く。
……はあ、またこれか。
心の奥がズキりと痛むのを、俺は鉄の意志で抑え込んだ。ここで顔に出せば、連中の格好の餌食になる。
「見くびらないでくださいまし! 智様がどれほどの……!」
シルクが、俺を庇うように一歩前へ出た。その瞳には、自分のこと以上に怒りが燃え盛っている。
だが、俺は微動だにせず、ただそこに立ち尽くすことしかできない。俺の口から何を言ったところで、負け犬の遠吠えにしか聞こえないからだ。
「お前の言ってることは、事実誤認だ」
その場のすべてを黙らせる、冷徹な声。
シアだ。彼女の声は槍のように鋭く、近衛兵の放った汚れた空気を一瞬で切り裂いた。俺を擁護する甘さも、近衛兵を嗜める慈悲もない。ただ、絶対的な事実だけを突きつける響き。
「……なら、お前が直接確かめてみたらどうだ?」
シアの瞳が、獲物を射抜く猛禽類のように近衛兵を捉える。
それはかつて、彼女がミラから投げられた屈辱の言葉。それを今、彼女は最も冷ややかな挑発として叩き返したのだ。
――ああ、シルクの真っ直ぐな想いに応えたい。
――ついでに言えば、シアのこの性格の悪い期待にも……応えてやらなきゃならないらしい。
部屋の空気が、ピタリと止まった。
全員の視線が、値踏みするように俺に突き刺さる。舌打ち、嘲笑、隠そうともしない嫌悪。
だが、その視線の雨の中で、俺の手元にある剣が微かに鳴った。
……震えじゃない。
これは、久しく忘れていた前向きな闘争心だ。
「せっかくだし、皆に見てもらおう」
シアの声が大広間に朗々と響く。
「……全力は出すなよ?…遊んでやれば足るだろう」
(やめろシア、それは蛇足だ! 完全に追い込んで楽しんでるだろ!)
心の中で毒づくが、引き返す道はもう断たれている。シアの野郎……やはり、ただの嫌がらせか。
状況のあまりの理不尽さに、不自然な苦笑いが漏れる。
だが、その不気味な笑みは、兵士たちの目には「余裕の挑発」と映ったようだ。一斉に、刺すような殺気がこちらへ向く。
彼らは、俺を"最弱の勇者"だと蔑んでいる。
否定する気はない。俺自身、その評価に甘んじてきた自覚はある。
だが。
「……ふぅ」
短く、熱を逃がすような吐息。
その瞬間、罵声を浴びせていた近衛兵たちの喉が、目に見えない手で締め上げられたかのように凍りついた。
最前列にいた、死線を幾度も越えてきたベテラン兵士ほど、その異変に戦慄していた。
(……なんだ? 今、こいつの輪郭が……消えた?)
殺気ではない。ただ、そこにあったはずの「隙」が、吐息一つで完全に塗り潰されたのだ。
俺は剣技だけで、彼らの予想を粉々に砕いてやる。
やけくそ気味にでも構わない。
――来い、好きなだけ見ろ。
剣を握り直す。
空気を切る音、金属の鳴る感触、観衆の息遣い。
研ぎ澄まされた感覚の中で、世界が鮮明に、スローモーションのように動き出す。
「……お前ら、15年前の俺と今の俺を一緒にするな」
低く、静かに。だが、その一言は確かに室内のすべての音を押しつぶした。
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