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―幕間― 黄金の貯金箱と、残念な勇者

激闘の傷も癒え、一行が滞在している宿屋の広間。

 

窓の外では夕刻の街が賑わいを見せているが、室内にはどこか妙な緊張感――いや、期待感が漂っていた。

 

部屋に戻ると、テーブルを囲んで三人の美女が顔を突き合わせていた。

 

正確には、ミラが机の上に広げた何かを穴が開くほど見つめ、シアが肩を揺らして笑いを堪え、シルクが遠い目で天を仰いでいる。

 

「……ミラ、何を見てるんだ? そんなにニヤついて」

 

声をかけると、ミラは弾かれたように顔を上げた。その瞳は、魔族と対峙している時よりも爛々と輝いている。

 

「ふふ……智さん、よくぞ聞いてくれたわ! 見なさい、これよ! 私の、そして私たちの未来を切り開く『とっておき』なんだから!」

 

「とっておき?」

 

首を傾げると、ミラはバサリと一枚のチラシを卓上に叩きつけた。そこには、殴り書きのような派手な装飾文字と、これでもかと金貨が積み上げられた胡散臭い挿絵が躍っていた。

 

『――貴方の人生、この一個で劇的に変わる! アラミド教団公認・黄金の幸運貯金箱!』

 

思わず、その文言を二度見した。

 

「……え、これって」

 

チラシには、体験者の声(※個人の感想です)として、目を疑うような文句が並んでいる。

 

『使い始めて三日で、あっという間に百万ゴールド貯まりました!』

『長年の片思いが実り、公爵令嬢と結婚できました!』

『宝くじに当選! 人生バラ色です!』

 

「……。なあ、ミラ。これ、どう見ても……」

 

「見なさい智さん! この輝き! この圧倒的なまでの成功者の声! 素晴らしいと思わない!?」

 

「(なんだこのテカテカな金色は…)……いや、値段、3万!? ただの金メッキのブタさん貯金箱だろ!」

 

3万といえば平均的お父さんの一ヶ月のお小遣いである。

 

思わず叫ぶと、横で酒瓶を抱えていたシアが「くくく……っ」と喉を鳴らした。

 

「おい、止めてやるなよ智。ミラがこんなに輝いている。夢を見させてやれよ。なあ?」

 

「シア、お前面白がってるだろ……!」

 

「そんなことない。三万で『人生バラ色』になれるなら、安い買い物じゃないか? 私なら三万あったら最高級の酒を三樽買うけどね」

 

シアはひっそりと、だが確実に楽しんでいる。

 

一方、シルクは深い溜息をつきながら、手元の紅茶を啜っていた。

 

「ミラ……。お前は現役の勇者だろう? 国から支給される特別報奨金だけでも、普通の家が三軒は建つほどもらっているはず。それなのに、どうしてそんな怪しげな呪物に頼るんだ」

 

「失礼ね智さん! 私はこれでも、勇者としての身嗜みにお金をかけているのよ!」

 

ミラは立ち上がり、自身の装備を自慢げに指し示した。

 

「見て! このマントの刺繍、金糸を使っているのよ? それにこのブーツ! 歩くたびに微かに香水が漂う魔法が付与されているんだから! いわゆる『課金装備』よ、最高級のね!」

 

「……勇者の装備に、香水の付与なんて必要か?」

 

冷静なツッコミを、ミラは華麗にスルーした。

 

すると、シルクが冷徹な追撃を加える。

 

「それだけではありませんわ、智様。この方は……極度の『酒カス』なのです。オフの日になれば、隣の教育に悪いお姉さんと一緒に、朝から晩まで酒場をハシゴして。給料の半分は、お酒とつまみの揚げ物に消えているんですの」

 

「ちょっとシルク! 『酒カス』なんて、淑女に対してあんまりだわ!」

 

「おい、ミラ。昨日、酒場の床で『魔王なんて私が奢ってやるから連れてこーい!』って叫んで寝ていたのは、どこのどいつだったか?」

 

シアの暴露に、ミラは顔を真っ赤にして絶句した。

 

智は頭を押さえる。

 

「ミラ……いいか。貯金箱を買ったからって、お金が貯まるわけじゃないんだ。貯金箱っていうのは、そこにお金を『入れる』から貯まるんだぞ?」

 

「甘いわね智。このチラシのここを見なさい! 『アラミド教団印』よ? 歴史ある教団が保証しているの。しかも、利益の一部は恵まれない子供たちに寄付されるって書いてあるわ。つまり、これを買うこと自体が徳を積む行為で、その見返りとして神様が私を金持ちにしてくれる……完璧なロジックじゃない!」

 

「それ、典型的な詐欺の手……」

 

智の言葉は、今のミラには届かない。

 

彼女の脳内ではすでに、黄金の貯金箱が溢れんばかりの金貨を吐き出し、自分が高笑いしながら最高級の酒に溺れる未来が完結しているようだった。

 

「……まあ、いいわよ」

 

シアがニヤリと笑い、ミラの背中を叩いた。

 

「ミラが幸せなら、それでいいじゃないか。なぁ、ミラ。その貯金箱が届いたら、お祝いに一杯行こうじゃないか。もちろん、ミラの奢りで」

 

「ええ、任せなさい! 明日の今頃には、私は大富豪なんだから!」

 

翌日。

 

部屋には、仰々しい金ピカの貯金箱を抱え、満面の笑みで磨き上げているミラの姿があった。

 

智とシルクは、その幸せそうな横顔を見ながら、そっと目を伏せた。

 

「……智様」

 

「ああ、わかってる。次の依頼の報酬は、俺たちが預かっておこう」

 

「それが、賢明ですわね」

 

勇者のパーティの家計は、今日も今日とて、苦難の連続であった。

 

だがミラの平和そうな笑顔に、少しだけ愛おしさを感じていた。



ここまで読んでいただきありがとうございます!


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