表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/45

抱いてください

―ミラの視点―


昨日の戦い、シアの猛反対をみんなで制して、あの女魔族を捕虜とした。

 

あいつは魔族の幹部だった。そんな怪物を、智は指一本で無力化したのだ。

 

私は……自分が強いと思っていた。

 

五歳で中級魔術を操り、剣に至ってはすでに大人を負かしていた。十歳になる頃には大魔法も扱い、コートン流剛剣術の免許皆伝。

 

周囲は私を「神童」と呼び、私もまた、自分が人類の希望であると信じて疑わなかった。

 

でも、最近はどうだ。

 

名もなき元勇者に手も足も出ず、勝たなきゃいけないはずの魔族に不覚を取り、無様に石にされかけた。

 

……今の私は、ただの石像予備軍でしかない。

 

――

 

戦いの翌日。

 

屋敷の庭は、やけに静かだった。

 

ただ、大気を切り裂く鋭い音だけが、絶え間なく響いている。

 

――ヒュン。

 

――ヒュン。

 

「……」

 

ミラが、無言で剣を振っていた。一太刀ごとに、尋常ならざる力がこもっている。

 

「……力みすぎじゃないか?」

 

背後からの声に、ミラの剣がぴたりと止まった。振り返るその瞳は、いつもの凛とした輝きを失い、泥のように暗い。

 

「……分かっています」

 

短く答える声は、硬い。

 

「でも、やらないと。……落ち着かないんです。昨日の光景が、脳裏に焼き付いて離れない」

 

「昨日のことか……」

 

「……」

 

沈黙。ミラはゆっくりと剣を下ろした。

 

「私、勇者なんです」

 

ぽつりと、自分に言い聞かせるように呟く。

 

「守る側で。民の前に立つべき存在で。……それなのに」

 

剣を握る拳が、白くなるほど強く握りしめられる。

 

「何もできなかった。あなたが来なければ、私はあそこで、ただの物言わぬ石の塊になっていた」

 

はっきりと言い切ったその言葉には、剥き出しの自己嫌悪が混じっていた。

 

「……情けない。勇者の名が泣きます」

 

「……いや、普通に強いだろ。ストイックだなお前はほんとに。あんなの相手が悪すぎただけだ」

 

「負けてました」

 

智の慰めを、ミラは即座に切り捨てた。

 

「それが結果です。今の私は、弱い」

 

一歩、ミラが距離を詰める。その目に、迷いはない。あるのは、自分を律するための冷徹な炎だけだ。

 

「だから――強くなりたい。そのためなら、どんな方法でもいい」

 

「……」

 

少しだけ眉をひそめる。嫌な予感。

 

ミラは、一瞬だけ長く、重い睫毛を伏せた。ほんのわずかな逡巡。だが、次に顔を上げた時、彼女の瞳からは「少女」としての羞恥すら消えていた。

 

「……この世界には、"性の伝承"という秘術があります。おとぎ話と思っていましたが…」

 

「……っ」

 

「異世界の存在……あなたのような方と交わることで、魔力の回路を強制的に拡張し、力を得る。……そういうものです」

 

淡々と説明する声。だが、智の目には見えていた。

 

ミラの肩が、微かに、木の葉のように震えているのを。呼吸が浅く、必死に平静を装っているのを。

 

「お前、それ……本気で言ってるのか」

 

言いかける智を、ミラは鋭く遮った。

 

「知っています。あなたとシルクが、すでにその儀式を済ませていることも」

 

ミラがさらに一歩、踏み込む。俺の鼻先に、彼女の香水と、張り詰めた熱気が届く。

 

「勘違いしないでください。これは、力のためです。勇者として、次なる脅威に備えるために必要な工程。……それだけです」

 

そして。

 

ほんの一拍。

 

ミラの震える瞳が、智の視線を真っ向から射抜いた。

 

「……抱いてください」

 

「……は?」

 

思わず間の抜けた声が出る。

 

「いや待て。急すぎるだろ。せめて心の準備というか……」

 

「急ぐ必要があります」

 

ミラは、智の戸惑いを一顧だにしない。

 

「次に同じことが起きた時、私は、また守れない。負けて死ぬ。……それは、絶対に許せない。屈辱です」

 

「……」

 

智は、長く、長い息を吐いた。

 

目の前の少女は、強くなるために自分の「初めて」すら、一つの手段として供物に捧げようとしている。その危ういまでの献身とプライド。

 

「……後悔しないか。俺は、お前が思っているような高潔な人間じゃないぞ。昨日の戦い方、見たろ」

 

「しません」

間髪入れずに返ってくる。


「強くなるためなら、魂を売ってもいいとさえ思っています」

 

「……」

 

しばらく、重苦しい沈黙が二人を包む。

 

やがて、俺は諦めたように頭をかいていた。

 

「……ったく。お前も、シルクに負けず劣らずの頑固者だな」

 

小さく呟く。だが、その言葉を聞いても、ミラの足取りは一歩も引かなかった。

 

ただ、その頬が、冬の夜に灯った火のように、じわりと赤く染まっていくのだけが、彼女の「嘘」を証明していた。



ここまで読んでいただきありがとうございます!


少しでも「面白い」と感じていただけたら、

ブックマークや評価(★)を入れていただけると嬉しいです!


今後の更新の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ