抱いてください
―ミラの視点―
昨日の戦い、シアの猛反対をみんなで制して、あの女魔族を捕虜とした。
あいつは魔族の幹部だった。そんな怪物を、智は指一本で無力化したのだ。
私は……自分が強いと思っていた。
五歳で中級魔術を操り、剣に至ってはすでに大人を負かしていた。十歳になる頃には大魔法も扱い、コートン流剛剣術の免許皆伝。
周囲は私を「神童」と呼び、私もまた、自分が人類の希望であると信じて疑わなかった。
でも、最近はどうだ。
名もなき元勇者に手も足も出ず、勝たなきゃいけないはずの魔族に不覚を取り、無様に石にされかけた。
……今の私は、ただの石像予備軍でしかない。
――
戦いの翌日。
屋敷の庭は、やけに静かだった。
ただ、大気を切り裂く鋭い音だけが、絶え間なく響いている。
――ヒュン。
――ヒュン。
「……」
ミラが、無言で剣を振っていた。一太刀ごとに、尋常ならざる力がこもっている。
「……力みすぎじゃないか?」
背後からの声に、ミラの剣がぴたりと止まった。振り返るその瞳は、いつもの凛とした輝きを失い、泥のように暗い。
「……分かっています」
短く答える声は、硬い。
「でも、やらないと。……落ち着かないんです。昨日の光景が、脳裏に焼き付いて離れない」
「昨日のことか……」
「……」
沈黙。ミラはゆっくりと剣を下ろした。
「私、勇者なんです」
ぽつりと、自分に言い聞かせるように呟く。
「守る側で。民の前に立つべき存在で。……それなのに」
剣を握る拳が、白くなるほど強く握りしめられる。
「何もできなかった。あなたが来なければ、私はあそこで、ただの物言わぬ石の塊になっていた」
はっきりと言い切ったその言葉には、剥き出しの自己嫌悪が混じっていた。
「……情けない。勇者の名が泣きます」
「……いや、普通に強いだろ。ストイックだなお前はほんとに。あんなの相手が悪すぎただけだ」
「負けてました」
智の慰めを、ミラは即座に切り捨てた。
「それが結果です。今の私は、弱い」
一歩、ミラが距離を詰める。その目に、迷いはない。あるのは、自分を律するための冷徹な炎だけだ。
「だから――強くなりたい。そのためなら、どんな方法でもいい」
「……」
少しだけ眉をひそめる。嫌な予感。
ミラは、一瞬だけ長く、重い睫毛を伏せた。ほんのわずかな逡巡。だが、次に顔を上げた時、彼女の瞳からは「少女」としての羞恥すら消えていた。
「……この世界には、"性の伝承"という秘術があります。おとぎ話と思っていましたが…」
「……っ」
「異世界の存在……あなたのような方と交わることで、魔力の回路を強制的に拡張し、力を得る。……そういうものです」
淡々と説明する声。だが、智の目には見えていた。
ミラの肩が、微かに、木の葉のように震えているのを。呼吸が浅く、必死に平静を装っているのを。
「お前、それ……本気で言ってるのか」
言いかける智を、ミラは鋭く遮った。
「知っています。あなたとシルクが、すでにその儀式を済ませていることも」
ミラがさらに一歩、踏み込む。俺の鼻先に、彼女の香水と、張り詰めた熱気が届く。
「勘違いしないでください。これは、力のためです。勇者として、次なる脅威に備えるために必要な工程。……それだけです」
そして。
ほんの一拍。
ミラの震える瞳が、智の視線を真っ向から射抜いた。
「……抱いてください」
「……は?」
思わず間の抜けた声が出る。
「いや待て。急すぎるだろ。せめて心の準備というか……」
「急ぐ必要があります」
ミラは、智の戸惑いを一顧だにしない。
「次に同じことが起きた時、私は、また守れない。負けて死ぬ。……それは、絶対に許せない。屈辱です」
「……」
智は、長く、長い息を吐いた。
目の前の少女は、強くなるために自分の「初めて」すら、一つの手段として供物に捧げようとしている。その危ういまでの献身とプライド。
「……後悔しないか。俺は、お前が思っているような高潔な人間じゃないぞ。昨日の戦い方、見たろ」
「しません」
間髪入れずに返ってくる。
「強くなるためなら、魂を売ってもいいとさえ思っています」
「……」
しばらく、重苦しい沈黙が二人を包む。
やがて、俺は諦めたように頭をかいていた。
「……ったく。お前も、シルクに負けず劣らずの頑固者だな」
小さく呟く。だが、その言葉を聞いても、ミラの足取りは一歩も引かなかった。
ただ、その頬が、冬の夜に灯った火のように、じわりと赤く染まっていくのだけが、彼女の「嘘」を証明していた。
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