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十五年の研鑽は、石ころ一つで魔族を討つ

「……おい。ちょっと、いや、かなり数が多いんじゃないか? 話が違うぞ、ミラ」

 

潜伏していた岩陰から顔を出し、俺は思わず頬を引きつらせた。

 

視界の先に広がるのは、当初の報告にあった倍以上の魔族兵の影。ゆらゆらと立ち上るどす黒い魔気の密度が、周囲の空気そのものを重く変質させている。

 

「そ、そんなはずは……」

 

ミラが慌てて手元の古い羊皮紙を広げた。指先が微かに震えているのがわかる。

 

あいつは資料の数字を読み違えていた。拠点の総数と、今ここにいる敵兵の数、そして制圧に必要な最低人員――そのすべてを、パニックのあまり混同して見ていたのだ。

 

戦わせれば一級品だが、こうした事務作業や状況判断となると、ミラは恐ろしいほどのポンコツぶりを発揮する。

 

「おいおい……。流石にこれは分が悪すぎる。一旦引いて立て直そう」

 

俺が真っ当な提案を口にした瞬間、隣から氷のような視線が突き刺さった。

 

「この腰抜けが! 今ここでこいつらを葬っておかないと、近隣の村に被害が出るのは明白だろうが! だから貴様はダメなんだ、この無能が!」

 

脊髄反射的な罵倒。もはやツッコミを入れる気力も失せるほどの、完成されたモラハラだ。

 

(……胃が痛い)

 

俺は腹部を押さえて顔をしかめた。十五年の隠遁生活で培った平穏な精神が、この理不尽な言葉の暴力によってじわじわと削られていくのがわかる。

 

「智様!? 今すぐヒールを……!」

 

シルクが青い顔をして杖を構えるが、俺は力なく手を振ってそれを制した。

 

いや、シルク。ヒールで傷は癒せても、このハラスメント地獄で擦り切れた心は是正できないんだ。

 

「……申し訳ありません。私のミスです」

 

ミラが消え入りそうな声で、しかしどこか虚空を見つめながら呟いた。細い肩が、責任感と焦燥で小刻みに震えている。

 

「構わん。誤差の範囲であろう」

 

静かに、重厚な声が響いた。重槍を肩に預け、悠然と敵陣を見据えるシアだ。

 

「誤差ってレベルじゃない気がするけど……シアさん、マジで男前だな」

 

俺が呆れ半分で溜息をつくと、ミラが瞳に異様な決意の光を宿して顔を上げた。

 

「……ありがとう、シア。私とシアで奇襲をかけます。シルクは後方でヒールの準備を。智さんは、私たちが万が一打ち漏らした敵を倒して……お願いします」

 

最後の一言は、今までにないほど殊勝な響きだった。

 

(こいつ……ポンコツなりに、責任を感じて死ぬ気でやろうとしてるんだな)

 

少しだけ毒気を抜かれた俺が「そのくらい俺だって――」と口を開きかけた瞬間。

 

「黙れ雑魚が。貴様などに仕事はやらん。そこで指をくわえて見ていろ」

 

……前言撤回。やっぱりこいつ、いつか一発殴っておこう。

 

――蹂躙の開幕

 

開戦の合図は、ミラの魔法だった。

 

かつて俺の肩を情け容赦なく焼き払ったあの紅蓮の魔弾が、雨のように敵陣へと降り注ぐ。

 

轟音。

 

周囲の地形が瞬く間に変貌し、至る所に巨大なクレーターが穿たれる。土煙の中を、シアが弾丸のような速度で突撃した。

 

「シア、いきますよ!」

 

重槍が空気を切り裂き、鈍い衝撃音が連続して響く。魔族の兵士は人間よりも遥かに強靭な肉体を持っているが、シアの豪腕から繰り出される一撃の前では、それも紙細工同然だった。

 

「私が……私が失敗したからっ! 私が魔族をちゃんと殲滅しないといけないのに!」

 

悲痛な叫びを上げながら、ミラは中級の熱魔法を初級魔法の如き速度で連射していく。それはもはや魔法の行使というより、焦燥感に突き動かされた「乱射」に近い。だが、その一撃一撃が致命的な威力を伴って敵を焼き尽くしていた。

 

凄まじい乱戦の最中、後方のシルクを狙う影が二つあった。

 

魔族の兵士だ。連中は本能的に理解している。派手な魔法使いや重装騎士を止めるより、無防備な回復役を仕留めるのが最優先だと。俺でもそうする。

 

「ひっ……!」

 

シルクの悲鳴。

 

二人の魔族兵が、ニヤついた醜い顔で彼女に肉薄する。

 

俺は静かに、腰の剣を引き抜いた。

 

「間合いだ。これ以上は死ぬぞ?」

 

忠告は届かない。

 

俺は剣を正眼に構えるのではなく、あえて剣先を地面に突き立てるように低く下ろした。

 

――ことわりを見ろ。

 

大地の硬度、石の重心、そして剣を叩きつける角度。

 

シュッ、と鋭い破砕音が響いた。

 

俺が放ったのは、剣筋ではない。剣の側面で地表を薄く削り、跳ね上げた数粒の「石」だ。だがその石は、弾丸をも超える初速で魔族兵の顔面へと吸い込まれ、散弾のように炸裂した。

 

「な、なんだそれは! 投石だと!? 貴様、ふざけるなッ!」

 

顔面を潰された同僚を見て、もう一人の魔族兵が逆上し、俺の首を刎ねようと跳躍した。

 

「無数の礫の軌道は……剣よりも読みにくいだろ?」

 

俺は冷静に次の一打を放つ。今度は石をぶつけるのではない。剣先を地面の「節」に叩き込み、衝撃波を地表面へ逃がす。

 

跳石の応用――足元の岩盤がわずかに弾け、魔族兵の着地点を狂わせた。

 

「な……!?」

 

着地と同時に足場を失った魔族兵の身体が、無様に空中へ放り出される。その無防備な首筋を、俺の剣が音もなく横一文字に駆け抜けた。

 

手応えはない。理に従って斬れば、骨を断つ感触すら不要な抵抗でしかないからだ。

 

魔族兵の上半身が、スローモーションのように地面へと落ちていくのを、俺はただ静かに見届けた。

 

――ミラ視点

 

(私は……私は自分のミスで、仲間を、あのシアさえも危険に晒してしまった。私がやらないと。私が全部、終わらせないと)

 

視界が真っ赤に染まる。魔力は底をつきかけ、肺が焼けるように熱い。

 

それでもミラは手を止めなかった。本来なら詠唱に数秒を要する魔法を、意識の混濁の中で無理やり形にする。

 

(これなら……これなら私、リカバリーできたかしら……)

 

目の前の敵が動かなくなったのを確認し、ミラは安堵から口端をわずかに緩めた。

 

「よかった」と、声に出そうとした瞬間。

 

世界が急激に傾いた。

 

地面が迫る。

 

自分の足が、自分の意思を拒絶して崩れ去る。

 

(あ……)

 

地面に倒れ込んだミラの視界は、そこで真っ暗な闇に飲み込まれた。


お陰様で初めての投稿しましたが1000pv達成しました!


ここまで読んでいただきありがとうございます!


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