間合いの外で死ぬ(後半)
「弱い、弱すぎるわ! お前……本当にその二刀流、意味があるの!?」
シアの鋭い声が、乾いた訓練場の空気を震わせた。
彼女の手にある長槍が、しなやかに、かつ凶悪な速度で空を切り裂く。
俺はといえば、二本の剣を不格好に交差させ、必死にその猛攻を凌いでいた。
「うるさい……っ」
返す言葉に、余裕なんて一欠片もない。突きの速度が、こちらの想定を遥かに超えている。おまけに、エルフ特有のしなやかな身のこなしから放たれるフェイントが、俺の視神経を執拗に掻き乱してくる。
(……こいつ本当に強いな。重機を相手にしている気分だ)
迷いが動きに出ている。そんな甘さが、一流の槍使いに通じるはずもなかった。
「っ……!?」
シアが放った、稲妻のような一突き。二本の剣を交差させて防ごうとしたが、槍の穂先はその隙間を縫うように、蛇の如く滑り込んできた。
鋭い痛みが走る。二の腕の皮膚を槍先が掠め、赤い鮮血がじわりと滲み出した。
「……終わりよ」
シアが槍を静かに下段に構える。
確実に獲物を仕留めるための構えだ。間合いは完全に、長物を持つ向こうのもの。不用意に踏み込めば、その瞬間に喉元を貫かれる。
(……遠いな。今のこの中途半端な二刀では、届かない)
俺は、わずかに視線を落とした。
土埃の舞う足元に、転がる小さな石ころ。
「…………」
俺は左足のつま先で、それを軽く弾いた。宙に跳ね上がった石を、そのまま左手の剣で横に払う。
――パチンッ。
乾いた、硬質な音が響いた。石は弾丸のような速度で、シアの顔面へと飛んでいく。
「なっ……!? 卑怯な……!」
シアの視線が、本能的にその小さな飛来物へと逸れた。ほんの一瞬。瞬きをするよりも短い、刹那の虚。
(今だ)
俺は、重力に身を委ねた。
「踏み込む」という予備動作は一切ない。筋肉に力を込めて地面を蹴るのではない。ただ、自分の「重心」を前方に投げ出す感覚。
「……っ!?」
シアの目には、俺が「消えた」か、「滑るように加速した」と映ったはずだ。
(……縮地)
筋肉の爆発力に頼らず、重心移動のみで行う特殊な移動術。これには「溜め」が存在しないため、踏み込みに発生するはずの気配――「虚」を最小限に抑えられる。
気づいた時には、俺はもう槍の絶対領域の内側に潜り込んでいた。
「な、っ――!?」
槍が、遅れて動く。だが、もう遅い。
俺は右手の剣で槍の穂先を外側へと受け流し、左手の剣でその柄の内側に滑り込む。槍兵にとって、この密着距離はすでに「詰み」を意味する。
そのまま、俺は左手の剣の柄尻を、シアの額に突きつけた。
「…………」
ピタリと、動きが止まる。
寸前、あと数ミリで彼女の額を砕く位置。触れてはいないが、柄から放たれた風圧が、シアの前髪をわずかに揺らした。
「…………え?」
シアが、何が起きたのか理解できずに固まる。
俺は一呼吸置いて、何事もなかったかのように剣を下ろした。
「続けるか?」
「…………っ」
静寂が訓練場を支配する。
俺は長く、肺に溜め込んでいた熱い息を吐き出した。
「……あっ、あぶねぇ」
(正直、今のはほぼ負けてた。一回でも読み違えたら、こっちが串刺しだったわ)
心の底から安堵する。あの十五年間で学んだ「生き残るための知恵」を総動員して、ようやくこれだ。
数秒の沈黙。
シアがゆっくりと口を開き、俺を射抜くような鋭い視線を向けた。
「……今の。卑怯よ」
「……え!? うそー! そうか?」
「しかし戦いは勝った方が正解だ。……でも、納得いかないわ。なんだ、さっきの動きは」
シアが悔しそうに唇を噛む。勝負には負けたが、技術的な理解が追いつかないことへの苛立ちが隠せていない。
「……槍対策だよ。正面からまともに戦って、お前の槍に勝てる奴なんてそういないからな」
俺は笑って答えた。
シアはしばらく黙り込み、それから絞り出すように問うてきた。
「……あと、なんでお前はあんなに遅そうに見えるのに、一瞬で間合いに入れるのよ。意味がわからないわ」
「筋肉で動かず重力で動くんだよ」
「はぁ!? 理解できん! 筋肉を使わずに動けるわけないでしょ、馬鹿にしてるの!?」
俺の理論的な説明は、感覚派のエルフにはまったく響かなかったらしい。
「だから言ったじゃないですか」
横からシルクが、これ以上ないほど誇らしげな笑みを浮かべて駆け寄ってくる。どうやら彼女だけは、俺が勝つことを信じていたようだ。
「シルクさん?……悪いけど、先に回復魔法をくれ! 早く! 脇腹も痛いし、なんだか気持ち悪いんだ……」
「あはは、智様もお疲れ様です。すぐに治しますね」
シアは俺を、値踏みするようにじっとりと見つめていた。数秒、あるいはもっと長い時間。
やがて、彼女は槍を肩に担ぎ直し、ふいっと顔を背けた。
「……人間、名前」
「あ? 智だ」
「智ね。……次は勝つ。このさくらんぼ野郎」
「……は? はいはい」
(チェリー……? いや、違うんだけどな。まあいいか)
俺の苦笑いを残して、シアは訓練場を後にする。
「これで勇者パーティー、全員揃いましたね」
ミラが満足げに頷く。俺は赤く染まり始めた夕暮れの空を見上げ、独りごちた。
「……めんどくさいことになりそうだな」
「楽しそうじゃないですか、ふふっ」
シルクが笑う。
遠くから、シアのぼそっとした呟きが聞こえた。
「まだ認めてないから。次はお前を腐ったハンバーグにしてやる」
勇者パーティーは――こうして、一筋縄ではいかない予感を孕みながら、動き出した。
四人全員が、どこか抜けていて…
それがなぜか、悪くなかった。
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まだまだ主人公の快進撃(無双)はここからです。
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