間合いの外で死ぬ(前半)
王城の訓練場。
朝の光が石畳を冷たく照らしている。
俺は左肩を軽く回した。
「……まだ、少し響くな」
昨日食らった勇者の魔法弾。シルクの治癒魔法を受けてもなお、芯に残る鈍い重みが消えない。やはり現役勇者の出力は、常識を超えている。
その時。
「智さん」
振り返ると、そこにはミラとシルクが立っていた。
「勇者パーティーの残りのメンバーを紹介します」
淡々とした口調だった。なんだか、これから始まるライブのメンバー紹介でも聞かされている気分だ。
「……まだ、仲間がいたのか」
「はい」
ミラが訓練場の入口に視線を送る。
コツ、コツ。
硬い石畳を叩く、軽やかでいて、どこか傲慢な足音。
現れたのは――碧髪蒼眼、黒縁眼鏡を掛けたエルフだった。
細く、しなやかな肢体。それとは対照的に、彼女の手には無骨で長く、異様な重量感を感じさせる槍が握られている。
図書館の司書、あるいは舞台女優顔負けの美貌に思わず見とれてしまう。しかし……その凶器。
アンバランスなその姿以上に目を引いたのは、露骨に不機嫌そうな眼差しだった。しなやかに見えた四肢は、その眼差しと同じように研ぎ澄まされ、鍛え抜かれている。
「シア。こちらが元勇者の、智さんです」
シアと呼ばれたエルフは、値踏みするように俺を凝視し、不敵に目を細めた。
「……ああ」
「あの、『最弱勇者』か」
初対面でいきなりそれか。
「まあ、否定はしないさ」
俺が肩をすくめると、彼女は吐き捨てるように鼻で笑った。
「なんだ、この弱そうな物体は。立っているのが不思議なレベルだな」
「ちょっと!」
即座にシルクが前に出た。
「智さんを馬鹿にしないでくださいまし! 彼は――」
「事実だ」
シアが冷たく遮る。
「私が見たままを言ったまでだ。事実を指摘して何が悪い?」
「事実じゃありませんわ!」
顔を真っ赤にするシルクを余所に、ミラが静かに補足する。
「彼女はシア。勇者パーティーのメイン前衛です」
……なるほど。俺とポジションが被っているわけか。そりゃあ、面白くないわけだ。
シアは身の丈を超える重槍を、羽のように軽く回してみせた。
ヒュンッ!
鋭い風切り音が空気を裂く。石畳にひびが入りそうな気圧だ。
「あたしは誰にも負けん。特に、こんな腐ってしなびたリンゴみたいな男にはな」
(口、悪っ……! リンゴ? 俺、リンゴに見えるのか?)
「認めない。こんなのがパーティーに入るなど、あたしへの侮辱だ」
俺は深いため息をついた。
……胃が痛くなってくる。
「シア。なら、試してみればいいじゃない」
ミラが、あえて挑発するように言った。
シアは好戦的な笑みを浮かべ、重槍を構え直す。
「ははっ。いいぜ。お前にチャンスをやる。一撃でも入れたらお前の勝ちでいい。なんならハンデを……目をつぶって相手をしてやろうか?」
カチャ、と。
俺は静かに二本の剣を抜いた。
一瞬の静寂が訪れる。
「おい、ミラ。このゴリラエルフは前衛じゃなくて本当は『レスバ担当』なんじゃないのか……?」
さらに一瞬の静寂。
シアの額に、プツリと青筋が浮かぶ。
次の瞬間――世界が加速した。
シアが踏み込んだ。
速い。
重槍が一直線に、俺の喉元を突く。
(槍か……間合いが死ぬほど遠いな)
俺は紙一重で横に流す。石畳に突き刺さった槍先が、硬い石を粉々に粉砕した。ただ重いだけじゃない。速度と重厚さが同居している。
だが、本当の恐怖はそこからだった。
重槍を振り回し地面を抉りながら迫ってくる。まるで大型トラックが真正面から突っ込んでくるようだ。理屈じゃない、本能が逃げろと叫んでいる。
二撃目。
初撃の反動を利用した、電光石火の払い。
速すぎる。完全に避けきることは不可能と判断し、左肩を引く。
ガッ!
槍の柄が、古傷の残る肩に当たった。脳を揺らすような衝撃。
「ぐっ……!」
(集中しろ。槍の『軌道』だけじゃない。こいつの『呼吸』を……!)
「遅い!」
シアの追撃。
俺は二本の剣を交差させ、弾く。だが重槍の質量は、二刀流の受けを容易に貫通した。捌ききれない。
脇腹に、槍の石突が深々と叩き込まれた。
(……ミラより、近接の間合い管理が上手いな)
ドッ、という鈍い音。肺から空気が強制的に押し出される。
「これが元勇者? 笑わせるな。その二刀流、全く意味を成してないぞ」
シアの連撃が止まらない。
俺は防戦一方で、ずるずると下がっていく。
「……くそ。まだ、掴めない……」
思わず、独り言が漏れる。
「?」
ミラが首を傾げた。
(そういえば、昨日読んだ十五年前の勇者の資料……智さんは確か……え? でも、今は……)
ガッ!!
槍を躱した――そう思った瞬間。
シアの膝が、俺の水月に突き刺さっていた。
「が、はっ……!」
胃の中身が逆流する。
せっかく食べた朝飯が、冷たい石畳の上に無惨にぶちまけられた。
(……強い。ミラとは、また別の種類の強さだ)
それだけははっきりと、理解できた。
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