第二十六話 「油断」
——時は少し遡る。
シグルドたちがドーム内に逃げていた頃。外では激しい死闘が繰り広げられていた。
エイシャリアがカルロスを連れて離れて行った直後から、ビィクはリンリンの異常性を観察していた。
「これが、『アーツ』の技か。『ルージュ』にも恐れ入ったけど、君も危険そうだね」
「あら、あのお方に出会って生きてるなんて、珍しいわね。ああ、10年前。……そうか、やはりお前か」
「その様子だと、バルディーニの事が余程気に触ったみたいだね」
——その言葉が、リンリンの表情を変えた。
直後、リンリンから四つの円月輪が放たれる。
「観察のしがいがあるね」
『ノーブル・アーツ』その異名はビィク自身も勿論知っている。
『アーツ』を冠する技に特化したノーブル。
その異名と異常性は先ほどの技を見るだけで、明らかだった。
『指突』の嵐である『指閃連突』を瞬時に消した『滅界輪舞』。
円月輪の高速回転から『指突』を削り取ったのではない。
あたかも、元々無かったもののように
触れた瞬間に
——消滅させたのだ。
円月輪を指で受ける、触れる、それはすなわち消滅に等しい。
だからこそ、ビィクは刃そのものには触れない。
四つの円月輪が超スピードで宙を舞う中、当然ビィクは『滅界輪舞』を警戒する。
——だが
「どうしてさっきの技を使わないのかな?」
先ほどから超スピードで避けながら、迫り来る四つの円月輪へと指突を叩き込み、その軌道を次々と逸らしている。
その都度甲高い金属音が鳴り響いていた。
「必要ないからよ。当たればお前の存在はすぐに無くなってしまうのだから、それではつまらないじゃない。何より、そろそろ終わる」
——その瞬間、それまで飄々としていたビィクの表情が鋭さを見せた。
「へー。僕に勝てる気でいるのか。その余裕の表情と態度。それは油断だよね。『指圧』」
ビィクは、自身の脚の付け根に指を押し当てた。
——トンッ
その瞬間、ビィクの速度が
——増した。
宙を舞う四つの円月輪への対応速度が大きく跳ね上がったのだ。
それでも速度はまだ互角。
リンリンにとって対応出来ない速さではない。
——だが
ビィクは直後、リンリンへと軌道を変えたのだ。
迫り来るビィクは、更に
太腿——トンッ
ふくらはぎ——トンッ
腰——トンッ
背中——トンッ
どんどん加速を続ける
「……速い」
接近戦を警戒するリンリンは、ビィクから距離を取るため、バックステップを繰り返す。
そんな中でも、宙を舞う四つの円月輪がビィクを次々と襲い続ける。
——しかし、それでも距離はどんどん縮まっていく。
一枚。
二枚。
三枚。
そして、遂にリンリンの懐に入った。
——その瞬間
右肩に何かが触れた感触があった。
「指紋」
明らかな油断がもたらした失態——
瞬時に右肩を確認するが、そこにはジギタリスの花が刻まれていた。
——ッ!?
そして——
刻まれたジギタリスの花が膨れ上がり
内部から
——弾けたのだ。
「……くッ」
すかさず、距離を取ろうとするリンリンだが
強化されたビィクのスピードはそれを許さない。
さらに
——腕。
——脇腹。
——脚。
触れられる度、次々とジギタリスの花が刻まれていく。
そして——
次々と、鮮血が舞った。
「……カハッ……」
膝を折るリンリンを見下ろすビィク。
「これが、君の油断が招いた結果だよ」
——しかし
唐突にビィクは気付いた。
「……動けない……?」
ビィクは動いている。
しかし、まったくその場からは移動出来ないでいたのだ。
「なんだ……これは……」
初めて焦りをみせるビィクに、身体中から血を流すリンリンが恨めしそうにビィクを見上げ告げた。
「油断……。そうね。お互い肝に銘じないとならないわね」
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