第十七話 「死への耐性」
倍化した奇行種リーンレパードは、瀕死の身体で逃げもせず
同じく瀕死の冒険者に飛びかかり、腹の中に顔を埋めた。
「ッッッグフッッッ」
——警戒を怠っていた訳では
まったくない。
それ程
まばたき程の一瞬のうちに
瀕死の冒険者へと、飛びついたのだ
「なッッッ」
「くッッッ……油断を……」
素早く剣を振り上げるラーハルト。
ラーハルトの殺気を間近で浴びているはずが、それでもリーンレパードは腹に喰らいつき血飛沫を上げながら食い破り続けている。
「ぎぐぁあぁああああああああッッッ」
瀕死の冒険者は、凄まじい勢いで容赦なく腹の中を喰い破られ、絶叫し
大量の血を吐いて
絶命した——
——そして、それと同時にラーハルトの剣は振り下ろされた。
「……離れて下さい。……警戒を」
シグルドたちの前に立ち、初めて臨戦態勢を見せるリンリン。
——しかし
リーンレパードの双頭の1つである、腹に頭を突っ込んだままの頭を
ラーハルトは、呆気なく首から切り落とした
油断なのか、瀕死だったからなのか
そのまま、パタリと倒れるリーンレパード
「な、にも……おきない……???」
「まさか……死んでる……のか?」
「生命反応は……途絶えました……直接確認しましょう」
アシュリーが探知の魔法で確認し、リーンレパードの亡骸を調べた。
「やはり、死んでいます」
呆気ない印象……
確かに首を刎ねられたんだ。死んで当然かもしれない。
だが、二つの頭がある。通常双頭の魔獣は片方の頭を失っても死なない。
何より、このリーンレパードは人を食べたんだ。
この呆気なさは逆に不気味でしかない。
「どちらにしても、リーンレパードの死体もこの方の遺体もこのままにはしておけません。あなた方も辛いでしょうが、感傷に浸るのは後になさい。他の魔獣が来る前にまずは動かなくては。マジックバックはお持ちで?」
瀕死だった仲間を今目の前で失い
涙する冒険者へと問いかける。
非情にも見える光景だが、これが一般的な冒険者の末路なのだ。
覚悟を決めて挑んでいる。
そうであっても、割り切れるものでは決してないのが心情である。
だが、それを踏まえてなお
リンリンは気丈に振る舞い続ける。
「……はい……この子は私たちで運びます……助けて頂きありがとうございました……」
「では、帰還のスクロールを。瀕死の状態で使わなかった所を見ると、持っていないのでしょう?」
そう言って、巻物を渡すリンリン。
「……命を救って下さった上に、こんな高価なものまで……ありがとうございます……」
マジックバックに遺体を収納し、何度も頭を下げながら、冒険者たちは帰還した。
「マ、マジックバックとかスクロールってどこで手に入れるんです?」
カルロスが興奮気味にリンリンへと問いかける。
確かに普段なら気になる。
この世界には、マジックバックやスクロールがあるのかと驚きはした。
でも、今のこの心境ではさすがにな。
護る事を信条にしているシグルドにとって、目の前で人が死ぬ事のダメージは周りにいる誰よりも大きい。
しかし、この世界では人の死が身近にある。
そして、同時に覚悟も強くあるのだ。
感傷への割り切り方も耐性として持っている。
「ああ、皆さまは初見ですよね。どちらもダンジョン街産なので、あまり出回ってはいないですからね。特にマジックバックはつい最近流通されだしたものですし」
「つい最近!?あぁ、それで帝都でも誰も使わなかったのか」
確かにな。
毎度毎度、狩りのあとに魔獣を荷馬車で運んでいたからな。
「そうですね。まだまだ冒険者の中以外での流通もされていませんね」
「大量生産は出来ないのかしら?ドワーフとかに頼んだりとか」
「それが花紋使いの方の能力なので、お一人で製作されてるのですよ」
「ああ!あの袋属性の人かな?へー!ダンジョン街で作り始めたんだ!」
「ティナは知ってるのか?」
「うん!3週間くらい前かな?寝かされてる人の中にいた人」
つまり、狂気に犯されていた人って事か。
花紋使いが浄化をされたら、蜘蛛の虫人みたいに消滅する訳じゃないのか……?
「その人は、危険な思想とかは無かったか?ティナは怪我とかもしてないか?いや、浄化の後なら……あり得ないか……」
「全然気さくな人だったよ?シグどうかしたの?」
「いや、ティナが大丈夫ならそれで良いんだ」
会話を聞いていたリンリンが、シグルドに苦言を放つ。
「シグお坊ちゃま。蜘蛛の虫人は、どちらにしろ処罰されていたのですよ。もう、お忘れ下さい」
——確信を突かれ、ビクッと身体が強張る。
リンリンの怒りは尤もだ。
仲間を故郷を、最愛の人をあんな風にした敵の一味なんだから。
それでも——
それでも、消える直前の虫人は
悪人じゃなかった
それだけは、俺だけが知ってるから。
「シグルド様、僕もちゃんと覚えているから。あいつは本当に最悪な殺人犯だったけど、本当は違ったこと、僕もちゃんと知ってる。でも、その苦しみから解放されて、満足そうだったじゃないか。だから、あれがあいつの救いだったんだよ」
そう、か。
俺だけじゃない。
アシュリーも、あの場所にいたんだ。
本当のあいつをちゃんと知ってくれているんだ。
「リンリン悪いな。もう、考えない」
救いなのか?
そう、考えていた
ティナの浄化なら助けられたのか
それも頭を過ぎったけど
あいつの最後の満足そうな顔。
そうか
——それが答えなんだな。
「ありがとう、アシュリー」
満足そうなアシュリーの顔と、心配そうに笑顔を向けるティナの顔。
それを見て、シグルドは改めて前を向く決心をした。
——だが、リンリンは見抜いていた。
シグルドの死への耐性のあまりの低さを——
——リーンレパードの死体をマジックバックに収納するラーハルトが、怪訝そうに呟いた。
「しかし、何故このリーンレパードは更なる進化をしなかったのでしょうな」
「ええ。通常人を食べた魔獣は凶暴化します。ダンジョンや街でも遺体をそのままにしていると、必ず人を食べに来ますからね」
「倍化した個体には影響がないとか?」
「それもだけど、瀕死の状態で動けるなら、逃げるよね?何故逃げずに人を食べに行くの?」
「そうね。死への恐怖以上の執念を感じたわ」
「奇行種だから。そう括ってしまえばそれまでだけど、奇行種が奇行種たる何かはそこにありそうだな」
「情報が無さすぎて、俺にはそれ以上はわからないなぁ。それより俺は何故あの人だけポーションが効かなかったのかの方が気になるんだがな?」
「確かにね。見る限り、3人とも同じような傷跡だったわね。深さや当たりどころの問題かしら」
「いや、3人共に腹に穴が空いていたけど、そこまで深くはなかった。というよりは、亡くなった方は一番穴が浅かったんだ」
俺も気になって見てみたが、亡くなった人は、少なくとも内臓が見える程の深さじゃなかった。
当たり所か、もしくは水を大量に飲んだとか……いや、まだ辛うじて意識はあった。
意識があるならやはり、当たり所か?
「たまにあるのですよ。ポーションが効かない事が。本当に稀ですが」
「何よ、それ……初めて聞いたわ」
「それじゃあ、さっきのエルの怪我も……治らない可能性があったって事か……」
改めて死が身近にあるのだと実感し
恐怖で肝が冷え、青褪める一行。
「リンリン、それは、体質の問題なのか?」
「残念ながら。ただ、普段はちゃんと効果があった者にも突然効果が現れない時がある。そう聞いています」
「……なんて、事だ……」
それはヤバすぎる。
ポーションが効かない可能性がある?
しかも、突然だと!?
お読みいただきありがとうございます!
面白いと思ったら、ブックマークやお気に入り登録をしていただけると嬉しいです。
評価★も励みになります!続きもぜひ読んでくださいね。
この物語は日・水・金の19時に更新します。
次回もお読み頂けると嬉しいです!




