第八話 「気功」
「気功で身体強化か、願ってもない。青の国で父様と共闘した気功の使い手のチェダー老師のお陰でリーンスパイダーの硬い外骨格を破れたって聞いてるよ!その後も母様を守ってくれていたんだよね」
この世界の魔法には属性付与は存在しても、身体強化は存在しない。
強者ともなれば魔法と武術の応用が基本であるが、それは一部のみで、通常魔法使いは後衛である為、身体強化をする必要もない。
だからこそ、魔法と武術を複合したウィニキートス流古舞術が賞賛されているのだ。
「チェダーは魔法適性が皆無だったので、気功を教えたのは私なんですよ」
「あのチェダー老師の師匠がリンリンさん……?俺でも知ってるあの偉人の……?チェダー老師の最初の偉業なんて50年は前だろ?リンリンさん……え?」
「カルロス様は、紳士、ですよね?」
カルロスの疑問と同時に、顔だけをカルロスへと向けたリンリンの笑顔。
皆からは、それを見たカルロスの顔しか分からなかったが、一瞬で恐怖が刻まれた様を見て、地雷だと察した。
その後、コクコクと、首だけでの返事を返すカルロスに、更に圧をかけるリンリン。
「……はいッッッ!!!」
たまらず、そう返事を返したカルロスは漸く解放されたのだった。
——ギルドの地下には鍛錬場が併設されている、との事で使用の申請の後、移動した一向。
「まずは、気功についてお教えしましょう」
「「「「はいッッッ!!!」」」」
「あら、良いお返事ですね。初めからこうなら、もっと良かったのですが」
明らかにまだ怒りが治らないリンリンの笑顔を向けられたカルロス。
女性に対しての年齢など、記号でしかないのだ。
気にする方が愚かなのだと、魂にまで刻み込まれた一同の集中力はピークにまで研ぎ澄まされている。
「では、気功とは、一般的には体内に流れる魔力以外の気の巡りを整えて、人の持つ本来の治癒力を高める健康法ですね」
4人の反応を見つつ、更に続けるリンリン。
「しかし、この《気》にはもっともっと特別な使い方があります。こんな風に」
リンリンがカルロスに右手を翳す。
——すると
強風に煽られた様に、カルロスの髪が大きく揺れたのだ。
「ま、魔法じゃない……。風魔法なら緑の風が吹く……これが《気》なんですね」
「ええ。今回は威力を抑え、尚且つ殺気を込めなかったので、そよ風の様に心地良かったでしょうが、戦闘面では《気》で人も殺せます」
まてまて、リンリン!?
そよ風じゃないし、心地良い程度じゃなかったよ!?
そんな意を唱える表情のシグルドに対し、にっこりと微笑みで返すリンリン。
うぐッッッ
これは、何も言うなって事だな。
「さて、ですが今回は、この《気》を使って身体強化を行います。まずはそれぞれの気を感じる為に、私があなたたちに気を送ります。まずは、シグお坊ちゃま」
そう言って、一瞬でシグルドの背後へと移動したリンリンは、シグルドの背中に手を当てた。
こえーんだよ!圧が!!
ん?
背中が、暖かい
「さすがですね。もう感じておられますか」
暖かい
まるで、真冬の冷え切った身体に流し込んだ暖かいスープみたいに
じんわりと、温もりを感じる
あー、あれだ、湿布薬に近いなこれは。
「この《気》を感じたらどうするんだ?」
「今、ご自身の体温が上昇しているのを感じられる筈です。これは、血行が良くなっている証拠ですね。ですがこれだけでは、ただの健康法に過ぎません。まずは、全身に流れる《気》を感じましょう」
「流れ?身体が暖かくなった事で、何かが膨張して身体から、溢れてる感覚なんだけど」
「それが、《気》です。驚きました。既に流れは掴まれていましたか。それなら、シグお坊ちゃまは溢れる気をまずは抑えましょう」
抑える
ダメだ、溢れる《気》を抑えようとしても、どうしても身体の表面でゆらめいてしまう感覚がある。
これは、中に押し込める方が良さそうだな、
ギュッと、身体の中心に《気》を押し込めたシグルド。
「あぁ、それでは身体の中心だけが強く、身体の表面にはあまり行き届いていないです」
確かに胸の中が異常に熱いだけで、肩や腕が急に冷えた感覚がある。
「理想は、こう」
そう言ったリンリンは
シグルドの身体に送った自身の《気》を
シグルドの身体の隅々まで行き渡らせ
そのまま
静止させた。
「分かりますか?私の気の巡りを。シグルド様の体内でだけ強く巡回し、対外への道は閉ざされているのが。気とは流れです」
そう言ってシグルドの左の掌と自信の右の掌を合わせる。
「右手で放ち、左手で吸収する」
リンリンの右手で放たれた《気》はシグルドの左手が吸収していく。
「ちょっ、ちょっと待って!溢れるよ」
どんどん気を送ってくるリンリン。
シグルドの身体の中ではリンリンの気がどんどん溢れていく。
「《気》に種類などはありません。シグお坊ちゃまの中に移動した私の《気》は、もうシグお坊ちゃまの《気》です」
そ、そうか……それなら
自身の右掌をリンリンの左掌にあてる。
「右手から放ち、左手から吸収する、だったな」
にっこりと微笑むリンリン。
「正解です」
た、確かに《気》が巡っていく。
溢れそうだった俺の中からリンリンへ
そして、リンリンから
また、俺へ
これが、《気》の流れ
「どうやら、完璧に掴んだ様ですね。流れさえ掴めれば、後はその流れに従い、体内で流し続ける事を覚えましょう」
リンリンは、シグルドの手を離す。
「身体の隅々まで流れる《気》の巡り。それを完璧にこなせれば、身体強化の完成です」
さっきよりも、スムーズに
俺の中を流れていくのが分かる
「こ、これが身体強化……?」
「もちろん、まだまだヒヨコですけどね。それでも、通常の1.2倍くらいにはなってるはずです。体感としては、身体が軽くないですか?」
シグルドは、その場で身体を動かしてみる。
「ハハッ、確かに軽いぞ!」
ほんの少し高く飛べるジャンプ
ほんの少し速くなったスピード
ほんの少し重くなった蹴り
この、ほんの少しを手に入れる為に、日々努力をしてきたんだ。
この、ほんの少しの差が死線に遭遇した際に分ける明暗を知っている。
レベル換算でも、2〜3は違うだろうしね。
それだけ体感が明らかに違う。
本当にありがたい。
「ありがとうな、リンリン。これでなんとかなりそうだ」
「ええ、良かったです。頑張って下さい。しかし本当に驚かされました。通常ならここまでの過程で3ヶ月は有するんですよ。まぁ、少し通常過程をすっ飛ばしましたけど」
「え?何かしたのか?覚えておかないとダメなことが抜けてるとか?」
「あー、その様なことは無いのですが、本来は、体内に私の気を送ることはしないので」
最初っからじゃねーか!!!
「危険な事なのか!?あぁ、まぁリンリンだから大丈夫か」
「ふふ、信用して頂けて嬉しいですね」
「何言ってんの?今更でしょ?信用も信頼もちゃんとしてるからね」
二人は、にっこりと笑い合い、互いに握手を交わしたのだった。
「ちょっと!!なに絞めようとしてるのよ!わたくし達、まだ気功を教わってないわよ!!」
またも、待たされ怒りの形相のエイシャリア。
「そうだぜ!順番だろ?」
期待に胸が躍るカルロス。
「私も、速く覚えたいな!シグには負けないよ!」
ティナも珍しく負けん気を出している。
「ええ、忘れてはいませんわ。シグお坊ちゃまは本当に筋がよろしかったですが、あなたたちはどうでしょうね」
リンリンの笑顔がまた炸裂し、一気に緊張感を取り戻した3人であった。
——3時間後。
「本来なら、まずは自身の中に《気》を留めるところから始めます。ですがシグお坊ちゃまは、私の《気》を受け入れ、流れを先に体感しました。そのため、本来なら数ヶ月かかる過程を短縮できたのですが。まぁ、慣れなさいな」
——その後、まだ習得に苦しむ3人に、にっこりと微笑むリンリン。
その笑顔で更に身を引き締めた3人は、なんとか身体強化を習得したのだった。
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