第二十話 「妹」
「それは……前世の妹への罪滅ぼし?」
「……え……?」
「お兄ちゃん、女神様の所で言ってたもんね。助けられなかったんでしょ?あたしは、ずっと、その人の代わりなんでしょ!?ずっと優しくしてくれてたのも。……あんなに、……あんなに取り乱してたんだもん。凄く、大切だったのは分かるよ。お兄ちゃん優しいから。責任感じちゃったのも、分かる。でも、あたしはあたしだよ!その人じゃない!今度こそは、なんて……言わないでよ」
頭を強く叩かれた様に
思考が停止するシグルド。
そんな、風に
感じてたのか。
違うんだ……
俺が言ったのは
7年前に政府機関から
守れなかったから……
精霊界で匿ってもらう事しか
出来なかったから……
だけど
本質的な事は
……何も違わない。
俺は、澄を護れなかったから
今度こそは
妹を護るって
誓ったんだ。
ナディが大切なのは本心だけど
この使命感が
澄への罪悪感からじゃないなんて
完全に否定する事なんて
……出来ない。
——硬直し
まったく動かないシグルド。
ただただショックを受けているのだろう事は明白だが
ナルディアもまた
心がえぐられる思いなのは同じだ——
「……否定、しないんだね」
何か言わないといけないのに
言葉が出ない。
何も言わない事は
肯定だ。
それは
ただナディを傷付けるだけだ。
嘘でも良いから
否定しないといけないのに。
ナディが大切なのは
本心で
大切な妹で
守りたいと心から想ってるのに。
澄への気持ちを否定する事が
出来ない。
「お兄ちゃんの気持ちは、分かった。だけど、その人と重ねるくらいなら、もう妹だなんて思わないで良いから。あたしはお兄ちゃんに守られなきゃいけない程弱くないから、もう干渉して来ないで」
——立ち上がり
去ろうとする、ナルディア。
それを見て
更に辛そうな表情を浮かべる、シグルド。
「祈り星」
『キラキラッ』
「大好きなんだね。とても素晴らしいと思うよ。だけど、ナディ、言い過ぎだよ。素直にならないと」
さすがに見ていられなかったユグノスの『祈り星』が発動され
青い星形の光が降り注ぐ。
——そして、感情的だったナルディアの
ささくれ立った心は
徐々に浄化されていき
素直な気持ちに
心が洗われる。
「……酷いよ……ユーグ。魔法を使うなんて。記憶が戻って、色々思い出して、不安だったんだもん。ずっと、ずっと会えないし、色々、嫌な想像しちゃってた……から」
「そっか。辛かったんだね。僕にも言わず、ずっと一人で抱えてたなんて、気付かなくてごめんね。でもね、ナディ。本当は分かってるんだろ?シグの愛情も、優しさも、ちゃんとナディに向けられていた事。誰かを通しての感情で、君がここまでの全権の信頼をよせる訳がない、そんな事、僕でも分かるよ。だからこそ、怖かったんだよね。でもね、考えてもみなよ、例えば妹が2人いて、あのシグがどっちかを贔屓すると思うかい?あり得ないと思うんだけど」
——その言葉に、ハッとしたナルディアは
「……あ、そっか。あたしは、2人目の妹ってだけで、……代わりじゃ、ないんだ……」
洗われた心に降り注ぐ
「そっか」
この星屑の様に
「ホントだ……」
静かに
「あたし、バカだ……」
想いを募らせる。
「こんな事に、気付かないなんて」
ポツリ、ポツリと言葉を溢し
ゆっくりと納得していくナルディアの背を
そっと撫でるユグノス。
「やっと分かったみたいだね。ほら、祈り星で止まったまま泣いてるシグに、言う事あるんじゃない?」
「うん!ありがと!ユーグ!」
ニコッ、と笑顔で返事を返すユグノスは
シグルドに動きだす指示をだす。
「シグ、ナディの話を聞いてあげて」
——駆け寄り
シグルドを抱きしめるナルディア。
「ごめんなさい、お兄ちゃん。前世の妹の事と重ねられてるみたいで、護れなかった代わりなんじゃないかって、本当はあたしの事は見てくれてなかったんじゃないかって、怖かったの。でもね、ユーグが気付かせてくれたの。お兄ちゃんの愛情を信じられなくてごめんなさい」
流れる涙が抑えられず
大量の涙を流しながら
抱きしめ合う二人。
「聞こえてたよ。俺も、ユーグに気付かされた」
「気付かず、ずっと澄とナディを重ねてたんじゃないかって」
「ナディを傷付けてたんじゃないかって」
「でも、澄を助けられなかった後悔はずっと消えないから」
「否定する事も出来なくて」
「そうだよ、2人の妹がどっちも大切だっただけだったんだ」
「否定も肯定もない」
「俺は2人の兄ちゃんだから」
「どっちも大切で、当たり前なんだ」
うん、うん、と
涙声で
何度も返事をするナルディア。
互いに噛み締めて
想いを心に刻んでいく。
「本当ありがとう、ナディがユーグがいないと生きていけないって言った意味が分かったよ。まさか俺まで世話になるなんて、情け無い」
「いつもありがとうね、ユーグ。お兄ちゃんにもユーグの偉大さが伝わったから、結果オーライだね」
落ち着いた所で
目を腫らした2人から改めて礼を言われるユグノスは
ニコッ、と笑う。
「気にしないで。良い兄妹愛が見られたんだから。それより、シグ、申し訳ないけど、僕たちマジカルクレストの事は、シグにも伝えられる事は少ないんだ。ただ、ナディの事は僕が必ず護ってみせると、この星に誓うよ」
そう言って、胸元の青いブローチに手を当てる。
「そっか。分かった。ユーグの事は信頼してるから、どうかナディをよろしくお願いします。俺が言えた事じゃないけど、ナディも、ユーグにあまり迷惑かけないで、くれぐれも、安全第一でな。それだけは、約束してくれ」
日本式の指切りをして、誓い合う2人。
「任せてくれて、ありがと!って、脱線しちゃったね!それより今は、お兄ちゃんの事だよー!」
「そうだったな。それで?そもそも花の花紋ってなんなんだ?ナディも知ってるだろう?俺は、女神様直々に唯一属性に適正が無いって言われたんだぞ?そもそも、花って何の形だよ。モチーフはあるのか?いや、花……?花の帝国?もしかして、帝国と花に何か関係があるのか?」
「それに関してはこちらに書かれているんだけど」
——ユグノスが差し出してくれた本
それは、ウォットの父であり師であるオルタナが手にしたとされる
古の大魔法使いが書き記した『ウルテの著書』であった。
もちろん内容はまったく違うモノ。
ここには花について詳しく書かれてある。
「まず、ロズベルト帝国。花の帝国と呼ばれ、至る所に薔薇が咲いているのは、花信仰の為だね。その昔、6人の花の騎士達が、この世界を救ったとされている。花の騎士とは花の花紋を開花させた騎士達の事。花の花紋は、魔法属性を強化する力があるんだ。つまり、唯一属性を持つ事が出来ないと女神様に直々に言われたシグルドは、逆に花の騎士になる可能性が高いんだよ」
今度はユグノスも真剣な表情で語りだした。
それからじっくりと2人の話を聞いたシグルド。
花の騎士とは、例えば土属性なら橙色の花の花紋が咲き、土属性の力を増幅させる事が出来るらしい。
現在、花の花紋を開花させているのは2人。白花と紅花だそうだ。
その2人は国の英雄として、国内外で活躍しているらしい。
そして、先程聞いた花紋使い達が狂気に取り憑かれているという話だが、最近は開花していない者まで狂気に取り憑かれ始めたらしいのだ。
つまり、誰が狂気に取り憑かれるか分からないのだそうだ。
ん?狂気に取り憑かれた人と戦ってる?
「もしかしてお前達、緑の国の大聖堂に、毎朝眠らせた狂気に侵された人達を連れてってるか?」
「えっ?何で知ってるの?お兄ちゃんって意外と情報通だね」
さっきまでの真面目な表情が溶けて、元の陽気さに戻るナルディア。
いや、陽気というよりサバサバかな。
気付かなかったけど、きっとナディの地はサバサバ系なんだろう。
そうか。ティナが言っていたのはナディたちか。
純粋にマジカルになり人助けしてるんだな。
兄貴としても誇らしい。
事情の分からない事だらけだと警戒心を何に絞れば良いか分からないからな。
ずっとティナが気掛かりだったから安心したよ。
「ナディ、協力してくれてるとこ悪いんだが、大聖堂にいる緑の聖女様は俺の婚約者なんだ。俺からも話しておくから、あまり突拍子もない事は控えてあげて欲しい。毎朝大量の人が大聖堂の前で寝ているんだ、不安で心労もたたっている」
「えー!おめでとうお兄ちゃん!まさか婚約者までいたんだね!しかも緑の聖女なんて、やるじゃん!って、ごめんねー!あはは、そりゃ毎朝人が並んでたら不安にもなるか。しかもお兄ちゃんにまで心配かけてたなんて。失敗しちゃったなー。んー、でも、どうしようかな。現状ではまだあたし達が姿を見せる事は難しいんだよね。んー、そうだね!お兄ちゃんの婚約者さんにだけは、協力して貰おうかな!うん。ありがとうお兄ちゃん!助かるよ」
「当然だよ。ナディの事もティナの事も、俺自身の事と同じだからな。二人の助けになるなら、どんな協力も惜しまないさ」
——だが、悔しいがティナの事以外に
今の俺が何が出来る訳でも無い。
花の騎士という事だが、武器は何でも良いそうなので、今までの鍛錬を強化するくらいだろうか。
しかも、種降祭を迎えても、なかなかすぐに開花する者も少ないという話だしな。
みんな国や民や大切な人を守る為に戦う覚悟を決めているんだ。
花の力がどれ程の物か分からないが手に入れて損はないだろう。
魔王はどちらにしろ俺が最前線で戦わないといけない相手って事だな。
覚悟、か。
何をビビってるんだ!
そうだ!
そんなもの、昔から変わらないじゃないか!
護れない場所で指を咥えるなんて
もう、絶対にしたくない!
ナディやティナ。
それにエイシャリアやカルロも立つ最前線に
俺が立たないなんて選択肢は無い!
俺が必ず護る!
それだけだ!
——そして話は
お互い協力関係になった事で、まとまった。
「あっ、緑の聖女と言えばさ?突然性格が変わったとかって話聞いたなー。昔は無表情で、必要な事以外話さなかったのに、ある日を境に普通の女の子みたいに表情豊かになったんだっけ??」
「あぁ、僕も聞いたな。何かのパーティから帰宅したら、あまりにも人が変わっていたせいで、本人かどうか検査までされたとか」
「えっ??なんだよそれ、初耳だぞ!って、二人共!人の過去を言いふらすもんじゃないぞ!触れられたくない事かも知れないだろ?」
「でもお兄ちゃんは気になんないの?大切な婚約者の事なんだし、身内以外から聞く方が嫌じゃない?」
まぁ、確かに
他人から陰口みたいに言われたら
激怒する自信しかない。
「まぁ、何にしても、俺の知るティナは、初めて会った時から変わらないよ!もっと幼い時の事だろ?それこそ、ナディみたいに、聖女に覚醒した時の話とかだろ?」
「いや、それは無いよ。緑の聖女は産まれた瞬間から神聖力を纏ってたって言われてるからね!すっごい嵐の日だったのに雲が割れて空から光が差してたって!もう、ほんと生きる伝説みたいな存在なんだから!それこそお兄ちゃんみたいに産まれてすぐ話はしかったけど、言葉はちゃんと理解してたみたいだし、泣きもしないし、冷静過ぎて、それが逆に神々しかったって事みたいだよ?その聖女様が突然180度変わったから大騒ぎだったって話だよ」
「す、凄いな!さすがに驚いたけど、確かに不思議な話だな。ティナに何かあったんじゃないかって心配になってくるな。俺と会うまでに何があったんだ?聖女様だし、パーティには幼い頃から参加してそうだしな」
「何歳だっけ?確か10歳じゃないの?ほら、お兄ちゃんも参加したお披露目のパーティだよ!」
「え!あのパーティで、ティナが変わった!?」
「うん、そのはず!あれ、でもお兄ちゃんが初めて会った時って今の聖女の感じだったんだよね??んー、何かあったならさすがにお兄ちゃんも気付くだろうしね。ま、考えても仕方ないか!お兄ちゃんも気にしなくて良いんじゃない?今はふつーに幸せそうだしね!っと、じゃあ、あたし達まだやる事があるから、そろそろ行かなきゃだ」
——突然立ち上がり
別れを切り出すナルディア。
ティナの事も気にはなるが、唐突過ぎて感情が追い付かない。
「えっ!そんな!もう、行っちゃうのか!?夜も遅いんだし、せめて泊まっていけないのか?」
「ごめんね、抜け出して来たからさ。バレちゃマズイんだよね」
「そう、……なのか。ナディ、次はいつ会えるんだ?」
「分かんないなぁ。でも、会えないって事はまだ平和な証拠だから。あ、みんなに、ごめんって謝っといてね!突然眠らせて混乱すると思うからさ。じゃ、行こっかユーグ」
「お騒がせしてごめんね。あっ、皆さん、もう揺するくらいで眼が覚めると思うから。それでは、失礼するよ」
「じゃあ、またね」
「あ、ちょっ——」
そう言って
2人は姿を消した。
消える時——
涙をいっぱい溜めながら
笑って手を振っていたナルディアの手を
掴む間もなく一瞬で——
「……なんだよ。次いつまた会えるかも分からないのに!……別れの挨拶くらい、させてくれよ」
伸ばした手を見つめながら
シグルドの声だけが
静寂の中に消えて行った。
あーッッッ、もうッッッ!
色んな事があり過ぎて頭整理するのが必死だよ。
とりあえず、ナディの無事が確認出来たのが
一番の収穫か……
ふふっ
しっかしナディ
たった数時間だったのに常に爆弾を投げ続けられた気分だよ。
ホント立派に成長したな。
でも、感情で生きてるのは全然変わらなかったな。
まぁ、でもナディとずっと一緒にいるユーグの心労が窺えるけどな。
2人が帰った後、みんなを起こす。
当然混乱していたので、宥めるのには苦労した。
「ナディは、大丈夫なのか!?」
「そうですね。世界の平和の為に行っちゃいました。また、いつ会えるかは分からないそうですが、世界のヒーローは、大変みたいです」
ナルディア達が消えた窓を見つめながら
ポロポロと涙を流すシグルドを見て
言葉を失い涙を流す家族たち。
長い夜更かしが終わり
ようやく皆、床に就いた——。
3章完結しました!
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