第十話 「お誘い」
先日のお茶会で至高の存在である聖女ティナに不敬を働いていると自覚したシグルドは、自室に籠り、頭を抱えながらティナに手紙をしたためている。
前世の陸だった頃から、年齢イコール恋人いない歴だった彼は、この手の話題が苦手である。
確かに、貴族としての嗜みとして、歯の浮くような言葉の羅列は問題なく行える。
だがそれは
それが貴族としては一般的であり
それがマナーだから出来る事であって
感情を
想いを込めて
誰かと向き合うというのは
かなり気恥ずかしい。
何より腹の中に獣を飼っているのだ。
慎重にならければならない。
うろうろと部屋を何度も歩き回りながら考える。
『そういう物は取り繕わず心のままにしなければならない。人に聞くのは失礼だ』
こういう時は、狼にだって助けて貰いたい!
ルフに相談してみたが、一蹴された。
なんとも手厳しい。
『調べ物をしてくる』
と、昔から外出する事が多いルフだが、近年は数日帰って来ないことなんてしばしば。
なんなの?相引き?外に嫁でもいるの?
ってぐらい帰って来ない。今も数日ぶりの帰省なので、もう少し優しくして貰いたい。
いやー、分かるんだけどなぁ。誰にだって苦手なモノはあるだろう!?
ただでさえ恋愛とか苦手なのに、こんな状況でプチパニックなんだよー!!
だってほら、俺前世でも彼女いた事ないし、前世と合わせたら
って、ええっ?!もう28年も彼女いないじゃん!?
何これ!?再来年魔法使いじゃん!?
いや、俺もう魔法使えるんだけどね。
いや、でもそうか。
うん、分かった。
甘えて良いのは若いうちだけだ。
いや、まだ俺12歳だから若いんだけどね。
うん、でも、そうだよな!
謎のスイッチが入ったお陰で、漸く集中する事が出来た。かなり試行錯誤を繰り返したシグルドの宛てた手紙の内容はこうだ。
《拝啓、日差しが春のおとずれを告げる頃となりました。お久しぶりでございます。お変わりなくお元気でいらっしゃいますでしょうか?シグルド・アトリビュート・リオーネです。
ティナ様とお会いして、早2年が過ぎました。あの時のティナ様との楽しいお時間、今でも目を閉じると鮮明に思い出されます。
私は、日々の鍛錬に励み、父からの厚い指導を受ける毎日です。
さて、先日より橙の国での娯楽施設が1つ増えましたので、是非、ティナ様を招待させて頂ければとご連絡させて頂きました。お越し頂きましたら、僭越ながら私シグルドにエスコートさせて頂きたく存じます。
ティナ様との楽しいお時間を心待ちにしております。
まだ初旬に寄り朝夕は冷え込みます。お身体お変わりありませんよう。》
なんとか手紙をしたため、1週間が経ちティナからの返事が来た。ちゃんと緑の封蝋で閉じられ、そこにメィリッヒ家の印璽がされている。
来たっ!!来たぞ!!
この1週間で俺がどれだけヤキモキした事か!!
とは言ってもすぐに手紙を開ける勇気も無いので、あーだこーだ言いながら部屋をウロウロし、漸く心を決めたシグルドは、ドキドキしながら手紙を開封する。
《拝啓、ひと雨ごとに寒さもゆるみ、春風が心地よく感じられますね。お久しぶりでございます。シグルド様のお手紙、大変嬉しく思っております。
私も、先日のパーティーの楽しかった思い出は片時も忘れた事はございません。
お誘いありがとうございます。私は、大聖堂で日々司教様方とお勤めに励んでおりますが、是非折を見て御訪問させて頂ければと思います。
シグルド様とお会い出来る日を楽しみにしておりますね。
シグルド様も、朝夕の冷え込み、お身体にお気を付けて下さいませ。》
なんと!
お咎めも無く、了承して頂けた!!
シグルドは心の中で
よし!!
と、ガッツポーズを取りながら、小躍りをする程、喜んでいる!
緑の国とは、風の魔力の色である緑を主としているのは当たり前なのだが、何よりその名の通り木々が生い茂る緑豊かな国である。
そして信仰が盛んで大陸唯一の大聖堂がある。
緑の国の貴族が司祭を務め、女性は基本修道女を務める。中でも才能のある女性は、聖女と呼ばれ浄化の力を持つとされる。
ティナが緑の聖女と呼ばれるのはその為で、稀代の才能の持ち主なのだ。
よーしッ!そうと決まれば、準備あるのみだッ!!
今度こそ抜かりなくだ!
やるぞ!
そんなシグルドを横目に、
『また、何か思い付いたんだな。本当に忙しいヤツだ』
と、見透かすルフだった。
——————
そしていよいよ、ティナとのデート当日。
まずは、橙の国の国境の街で待ち合わせる。
待ち合わせ時間である正午前、ティナを乗せたメィリッヒ家の馬車が現れた。
前回のお披露目会の帰りに、シグルドが乗せてもらった立派な装飾の緑の馬車である。
相変わらず品の良い2頭の月毛の馬、今日も艶やかなクリーム色の毛並みは緑に装飾された馬車をより映えさせている。
シグルドから少し離れた場所で止まり、中から2年ぶりのティナが馬車から降りてくる。
「ようこそ起こし下さいました。ご機嫌麗しゅうございます、ティナ様。お久しぶりです。相変わらずの麗しきご尊顔を拝します事を嬉しく思います。本日は、我がリオーネ領にはるばるお越し頂き恐悦至極に存じます。長旅お疲れ様でございました。僭越ながら、お約束通り私シグルド・アトリビュート・リオーネがティナ様をエスコートさせて頂きます」
ティナは、2年で随分大人っぽくなっていた。
元々背が低いので同年代よりはまだまだ背は低い方であるが、化粧を施し、凛とした儚さを感じる。
まだ12歳だ、あと数年もすれば、誰もが振り返る美女に成長するだろう。
しかし、白髪に色白なせいか、緑の瞳がとても映えて美しい。
元々翡翠のようだと思っていた瞳はエメラルドのようにキラキラと光を放っている。
「ご機嫌麗しゅうございます、シグルド様。お招き頂きありがとうございます。私、本日を大変楽しみに待ち望んでおりました!本日は、よろしくお願いしますね」
久々の再会を、互いに笑顔で迎えられ、安堵するシグルド。
やはり再会までは緊張していたようだ。
ふと、キラリと光るブローチに目が止まる。
それは先日ティナが気に入った、緑に光る透明なブローチだった。
「あっ、そのブローチ、付けて来て下さったんですね!」
「もちろんです!このブローチは、私のタリスマンですから!毎日付けてます!」
『タリスマン』
ティナは御守りとして持ってくれているようだ。
「タリスマンですか!確かに、特殊な魔石ですが効能が分からないのでなんとも。御守り代わりになれば良いのですが」
「シグルド様に頂いた、それだけで、立派な御守りです!」
ニコッと、とても良い笑顔で笑うティナ。
うっ、眩しい!!
俺はこんな純粋な聖女様を、何年も放置していたなんてっ!!
うっ、胸が締め付けられる。
心なしかこのタリスマンの緑の煌めきも、以前より更に増してる様にすら感じる程に。
「ありがとうございます。大切にして頂いて光栄です」
必死で言葉を紡ぐシグルドに、また笑顔を向け、上機嫌になるティナ。
数週間前から準備をし、数日前から前入りしてリオーネ領総出でお出迎えをした甲斐もあり、とても喜んでくれている。
ティナの従者達も満足気な事が誇らしい。
が——
前回刺々しかった従者の圧は凄まじい。
最短ルートでも緑の国からは3日はかかる為、長旅であり、疲れもあるだろう。休憩も兼ねて街に用意してある昼食をとる。
花びらである、各公国から花の国である帝都までは、数時間で行く事が出来るのだが、理由なく帝都の関所は超えられない。
なにぶん、花の形の大陸である。花びらが幾重にも重なる形状である為、なかなか国境を越えるのは難しい。更に、緑の国から橙の国は距離があるのだ。
ティナ様が滞在する3日間は、リオーネ領総出で歓迎させて頂きます!
今回のティナの目的は、なにも娯楽施設の視察だけではない。割愛しているが、実はメィリッヒ公やメィリッヒ公爵婦人も当然、訪問されている。
この大陸では、早い段階で、貴族の子供たちだけでの社交界もどきであるお披露目会が開かれたりと、若い世代だけでの親交を深める事は、寧ろ良い行いとされている。
しかし、お披露目会でのダンスによるプロポーズをし、更には3年間放置していたシグルドに対し、メィリッヒ公爵側は
『子供がした事』
と高を括っていたのだが、今回のティナへのお誘いは、距離の問題もあり泊まりがけは必須。
メィリッヒ公並びにメィリッヒ公爵婦人側としても見逃がす事は出来なかった。
更に、成長する毎に功績を挙げる自慢の子シグルドがプロポーズをした事に対し
見守ると決めていたリオーネ卿であるクラーク並びにアンナも、シグルドの思いがそれ程ならと
改めてメィリッヒ公へと親書を送り
今回正式な外交に発展したのだった。
だが、シグルドが先にティナにしたためた手紙もあり、ティナのエスコートはシグルドに一任するというのは、両家共に了承済みである為
外交の都合で先に前入りしていたメィリッヒ公並びにメィリッヒ婦人には、きちんと挨拶を済ませた後、リオーネ城にて外交を行っている。
かなり一悶着あったが、実際、貴族の婚約は幼少期に行われる事が多いのは事実。当人達の感情は二の次で、互いの利益を重視され縁談は決まる。
今回に関してもリオーネ家からすれば他国の王族とのパイプが出来るし、メィリッヒ家からしても、聖女である為特別な子ではあれど末子のティナは、いずれ何処かに嫁がせる腹だろう。
シグルドは、土の神童であり、侯爵家の嫡男だ。娯楽案で財政も潤わせた事もある、優良物件だと言われている。
何より同じ女神様に信仰を捧げる敬虔な信徒でもある。
まさかここまで発展するなんて、思いもしなかったシグルドだが、憧れの聖女様との縁談だ。意気込みは尋常ではない。
昼食も終わり、本日はリオーネ領の観光をする事になった。3日もあるのだからわざわざメインを本日に持って来る事も無い。
ティナが先日興味を持ってくれていた農業に触れてみたいとの事で、まずは、農地を訪れている。因みに従者達と一緒にルフも護衛で着いてきてくれている。
「土を司る精霊ラゴンよ。
橙に輝く豊穣の土を
我が魔力を糧に顕現せよ!
『プラウサラス』」
先日思いも寄らず無詠唱がバレたが、ずっとカモフラージュにと詠唱を続けている。
まぁ、唱えているだけで、無詠唱でプラウサラス使ってるんだろうって事らしいんだけど、父様もハッキリした事は分からないらしい。
シグルドの土魔法を披露したり、森は危険なので空を飛ぶFランクの鷹の魔獣セフホークを撃ち落として見せたりしていた。
「シグルド様、是非私もしてみたいです」
と、ティナに言われた後は——
驚くばかりだった。
ティナは従者から弓を受け取ると
はるか遠くにいるセフホークをも
速射で撃ち落としたのだ!
は、早い!
構えもだが
弓を引く間も
ほぼ無い!
構えた時には、獲物が落ちている印象だ!
「女神よ、我が歌が届くなら
我に力を分け与え賜え
この身は女神と共にあり
御使いたる聖女である我に力を!
『セイクリッドラプソディー』」
そしてすぐに神聖力で飛び立った!!
とても美しい歌を奏でながら鳥のように飛ぶ彼女は
木に隠れたセフホーク目掛け瞬時に距離を縮め
目視と同時に打ち落とす。
何なら神聖力で弓を動かし
死角だとしても撃ち落としていた。
あっ、これは怒らせたら逃げられないやつだわ。
『素晴らしい腕前だ。あれは初級の身体強化だ。魔法でも神聖力でも練度によってこうも変わるものか。あの神聖力には身体を浮かせる力も物を動かす力もない』
「驚いた……!カルロが使ってた、初級の風の身体強化魔法に近い効果ってことか。魔法と神聖力か。まったく違う力だとしても、初級ですらここまで威力が変わるのかと思わざるを得ないな。さすが、緑の聖女と呼ばれるだけの事はあるお方って事だな」
『いや、カルロスの使っていた魔法は身体強化ではない。そもそも、魔法には身体強化は存在しない。土魔法にもないだろう?アレは、属性付与と呼ばれる魔法だ。風魔法を付与したからこそ、俊敏な動かになっている。他の属性では、あぁはならない』
「え?神聖力には身体強化があって、魔法には身体強化が無いのか?しかも属性事に属性付与の効果はやっぱり全然違うんだな」
——その後、ティナが戻って来た。
風に乗せられた歌声から上機嫌なのが伝わる。
「お疲れ様でございます!驚きました、ティナ様も、狩猟をなさるんですね!」
「ええ、緑の国に広がる森は広大なのです!幼少期から森で遊んでましたので!」
ティナといい、エイシャリアといい、この世界の姫達はかなりお転婆なんだろうか。
少しだけ先が思いやられるシグルドであった。
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この物語は日・水・金の19時に更新します。
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