第四話 「ダンスタイム」
「聖女様が嫌がってるだろ!さっさと手を下ろせよ」
口々に罵倒される声がする。
中には擁護してくれる声も聞こえるが、世間の評判としてはこれが正しい。
むしろ、これでも
——かなり良くなった方なのだから。
そうだよな、失念してたよ。
いくら最近土属性の評価が変わったって言っても所詮土属性だし、いくら土の神童って言われてようが、お山の大将って事か。
困らせてしまったな。謝ろう。
そう思い、下げようとした手の上に、そっと手が重なる。
ピクッ、と乗せられた重みを確認し
視線を上げると
恥ずかしそうに微笑むティナと
目が合った。
そうだよ!
聖女様はそんな事思う方じゃない。
この方もみんなと同じで、自分の晴れ舞台の為に意気込んでいただけだろう。
重ねてくれた手を握り
嬉しくなって目を輝かせながら
満面の笑顔で定型文を伝える。
「私と踊って下さいますか?」
「はい、喜んでッ!」
愛らしい微笑みと共に返してくれた定型文。
答えて貰う側も
こんなに嬉しいものだったのか。
共に礼をし
再度手を重ね
身体を密着させる。
うわッ、柔らかい!!
ん?身体がこわばってるな、
やはり緊張されてるんだな。
誰でも最初はダンスは難しいからな。
失敗も出来ないし
余計に緊張してしまうよな。
俺がちゃんとリードしないと!
だが、ダンスが始まり
すぐに勘違いだと気付かされる。
始まりこそ硬くなっていた動きもすぐにとれ
優雅にダンスを披露してくれた。
凄く上手な方だ!!
実をいうと前世の陸だった頃、母が好きだった社交ダンスの練習相手をよく任されていたのだ。
母からは才能があるから絶対にやるべきだとよく誘われていたので、それなりだったらしい。
その為、今世でのダンスもさほどの練習は必要なかった。
しかし、普段の練習では大人とのダンス。
背丈の合う相手がいなかったので踊り難かったが
今回背丈が合う事以上に
ティナとのダンスは踊りやすい。
足幅
腕の高さ
腰のしなり
ターンの角度
どれを取ってもピタリと来る。
「ダンス、お上手なんですね!」
表情も声色も高揚し、満面の笑顔のティナを間近で感じるシグルド。
眼福ですッッッ!
すごく喜んで貰えているようで
なんだか気恥ずかしくもあるが
お誘い出来て本当に良かった!!!
「お褒めに預かり光栄です。私の方こそ、こんなに楽しく、しっくり来るお方は、ティナ様が初めてです。実は恥ずかしながら、ティナ様が私に合わせて下さってるのかと思っておりましたが?」
「えっ!まさかッ!ふふッ、驚きました!私達同じ事を思ってたんですね」
とまどっているのか、視線を逸らすティナ。
めざといシグルドは、ほんのり赤身を帯びた頬を見逃さない。
天使であらせられましたか。
聖女様は天の御使い!
あぁ、そうだ!
間違ってはいないのだ!
女神様の御使いなのだから!
こんな私に頬を赤らめて頂けるなんて
差し上げます!
私の全てを差し上げます!
例え中身が16も上だとしても!!
前世の年齢分の年の差を感じるシグルドだったが、今は同い年だしと心のタガを外したい願望にかられる。
ハッ
これも体の年齢に感情が引っ張られてるのか?
いやいや、いつも鏡見てんだから今の自分に慣れただけだろ!
何より俺は幼馴染ラブコメが好きだったんだよなー!
まだ幼い俺たちがずっと仲良く過ごしていたら、大きくなって互いに意識しだして。
ちょ!おい!
タイトルは幼馴染は聖女様ってか?
至極ですッ!
ダンスの最中もシグルドの妄想は続いていたが、互いにリードして貰っていたと思える程、ダンスの相性の良い2人は、曲が変わろうとも、時間も忘れて踊り続けていた。
次は自分がダンスのお相手をと、待ち望む取り巻き達も、いつしか2人に見惚れていた程であった。
最初は一曲のつもりだったのが何曲か踊っていると
15分程時間が過ぎた頃には、俺たちを見ていた取り巻き達の
なんと10人程が失神で倒れたらしい。
えー、嘘だろ。流石に大袈裟だと思うんだが。
いや、うん。
お前が言うなって感じだな。
うん、そろそろ冷静にならないとさすがに嫌われてしまうぞ。
ここにいる取り巻き達は、俺の心の獣と同じだ!
抑えろ、抑えるんだ!
かなりの騒ぎに、周りと自分の内心が同列に感じ、乾いた笑いが出るほど、ショックを受けるシグルド。
「まさかー、ご自身達がそこまで注目されていたなんてー。と、いったお顔ですねぇー」
そう言って話しかけて来たのは、さっき取り巻き達と一緒に挨拶をされた者の1人。
こいつが、この間の母様の茶会に参加していたディッケル伯爵婦人の子息か。確かチュンバだったか。
え?ジ◯ジ◯立ち?妙な立ち振る舞いにスタ◯ド使いかと錯覚する。
黒髪の癖毛に灰金色の瞳で10歳にしては長身の彼を見る。
黒髪って、この世界には珍しいんだよなぁ。この世界って、割りかし薄いくすみ系の髪色が多い。
母様はくすみカラーだけど、俺と同じ薄橙だし、父様は銀灰色で、目の前にいるティナは白髪だけど、カルロは薄いくすみ系の栗色、エイシャリア殿下は藤色。取り巻き達はくすみカラーが多いけど、この国の人達は、パステルカラーか、くすみカラー。要するにだいたいみんなカラフルなのだ。
その中にある、黒髪はやけに目立つ。
そういえばこの世界で他にも昔、黒髪を見た気がしたんだよな。ディッケル伯爵夫人も黒髪だったけど、もう1人…。思い出せないけど。
「シグルド様ぁー、黒髪ってそんなに珍しいでしょうかぁー?」
黒髪を眺めているとチュンバは上半身を屈め、俺の目の前に顔を近付けて来た。
「あ、あぁ、そうですね。カラフルな髪色の方が多い中、黒髪は存在感がありますね」
「お褒め頂きありがとうございますぅー!でも変ですねぇー、5年前にディムお兄様がシグルド様と一緒に狩猟をされたと仰られておられたので、珍しいとしても初見では無いはずなので、そぉんなに珍しがられるなんてぇー」
ディム、そうか。
あの時の狩猟で御一緒した青年ディム様の家の者か。
どうりで黒髪なわけだ。あの時は父様の腕に感動してすっかり忘れていたよ。
しかし、その態度はなんだ?
上半身をクネクネさせるチュンバは、平民の子に多い落ち着きのない子なのだろうか。
何より上半身を屈めて顔を近付けるなんてな。
各国から訪れた貴族の社交界デビューの日、しかも自国の家格が劣る貴族。
放っておける訳が無い。場にそぐわないのなら、矯正すべきも、貴族の務めだろう。
「いや少しディム様を思い出し、懐かしく思いましてね。つい、長く見過ぎたようで不快に思わせてしまったのなら、失礼しました」
「時にチュンバ様。ディム様は聡明で理知的でとても紳士的な方でおられました。チュンバ様も素晴らしい兄上がいて誇らしいでしょうね。私にもディム様のような兄がおりましたら見習いたいです。この間、ディッケル伯爵婦人にお会いした際も、チュンバ様をよろしくと言って頂きました。私共も橙の国の未来を背負って立つ身、これからも共に励みましょう」
要約すると、『立派なお手本の兄がいるのにその様か?少しは大人になれ』
少々キツイ言い回しになってしまった。
シグルドは前世の頃から人を傷付ける事が嫌いだ。
だがここで傍観してしまえばチュンバにとってあまりに良くない為
心を決めたのだ。
しばし時が止まり
目が点になったチュンバは
満面の笑顔になった。
「おぉ、ディムお兄様をそこまで覚えて頂き、ありがとうございますぅー!5年前ですので、まだ5歳児の頃ですのにぃー!たったの1度しかお会いしておられないのに、素晴らしい!!お母様にも既にお会いしておられたのですねぇー!それでは、わたくしの事はチュンバとお呼び下さいぃー!!しかも、このわたくしなども『共に』など、感激致しましたぁー!!さすがは、土属性の希望!!土の神童シグルド様っ!!是非に!わたくしは、シグルド様をお手本にさせて頂きますぅー!!!」
伝わらなかったようだな。母親にも心配されてるぞと更に付け足したんだが。
鼻息も荒く口調は早口になり、感動するチュンバにシグルドは手を握られた。
10歳児なんて単純だ。如何に勘違いであったとしても、好感を持たれたならそれで良い。
まぁ、これでこの場だけでも俺に良く思われたいと思いシャンとするだろう。
ジ◯ジ◯立ちは健在だけど。
ため息を殺し、シグルドは胸を撫で下ろした。
その後、無事パーティーも終了した。
帰りに挨拶に来てくれたエイシャリアとカルロス。さっきの2人の遣り取りに少し表情が崩れそうになるシグルド。
「個人的にも、また来てくれ、俺の狩場に連れてってやる」
とカルロスに耳打ちされ
「是非!」
と、ニカッと笑いあい、固く握手を交わし帝国城を後にした。
帝国城を後にすると、袖をツンッと引っ張られる感触があった。
振り向けば伏し目がちに目を逸らす
ティナがいた。
「あの、国境までは、方向も同じです。…良ければご一緒に乗って行かれませんか?」
何だろう?
この可愛い生き物は
抑えたはずの獣をまた目覚めさせたいのか!?
断る訳無いし
むしろ断るとか罪だわッ!
「お誘いありがとうございます。よろしければご一緒させて頂けますと幸いです。私ももう少しティナ様とお話をしていたかったので、とても嬉しく思います」
貴族の言葉って良いよね。前世では歯の浮く言葉でも、普通に言っても当たり前だし。
と、かなり浮かれるシグルド。
恥ずかしそうなティナとの楽しい時間が、国境付近まで続いた。
ティナにお礼を言い、家路に着いたシグルド。
「お疲れ様でございました。御満足の行くお披露目会だったようで、何よりでございます」
「ああ、良い友人が出来た!」
その言葉に、嬉しそうに微笑むジョン。
思ったより有意義な時間を過ごせたなぁ、案外大人になれば嫌でも行かなきゃならない社交界も良いものかもしれないと思うシグルドであった。
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この物語は日・水・金の19時に更新します。
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