第十六話 「救いとは」
「……それとも精神が壊れるまで続ける?」
殺したくはない。それがシグルドの中にある本音だった。
いくらこの世界での死が身近なのだとしても、中身は日本から来た転生者でしかない。虫を殺すのとは訳が違う。目の前の敵は亜人。
人なのだ——。
だが、同時に理解している。
護る為には、断たないといけない時がある事も——。
だから躊躇わない。迷いもしない。
ただ、決定権だけを行使できる、そんな場面では、話が変わる。
その結果を、受け入れきれるかは別の話だった。
————————
ただ北へと馬を走らせるクラークとリオーネ騎士団。
戦闘の後、西へと戻った彼は驚愕した。
それもそのはず、最愛の息子が、子供たちと共に大公城へと向かった知らせを受けたのだ。
クラーク自身先ほどの戦闘で、運良く命を拾ったのは充分理解している。それ程の敵がウヨウヨいる戦場に、護るべき対象を大勢引き連れ移動するなど無謀を通り越した自殺願望に等しい。
何より、ここまでの道中で、シグルドと同行していると聞いていた騎士団たちの亡骸を、何人も何人も見ているのだから。
焦りを隠せはしない。
血の匂いが濃い。嫌な予感は、すでに確信へと変わっていた。
視界の先には——
リーンスパイダーが
血の海に横たわる影を
まさに食そうとしているのだから!
「……ハンスッッッ!!!」
蜘蛛の顎が動き、口を開く。
瞬時に銃を構え速射を放つ!!
その時——
陽の沈んだ夜の街並みを、まるで昼間のような、暖かな光が照らし出した。
「……浄化の光!?」
その直後、蜘蛛は霧散し、クラークの弾丸は空を切ったのだ。
「……ハッ、ハンス!!!」
すぐさま駆け寄り、脈を測る。
「い、生きている!」
ポーションをかけ、騎士団に指示を出す。
「脈は弱いが間に合ったようだ。だが余談は許さぬ!半数は残れ!敵がいないとは限らん!良いか!必ず生き延びろ!ハンス含め、誰一人欠けることは許さぬ!」
「ハッ!!!」
そう言い残し、すぐ様、北へと向かう。
「シグルド!!無事でいてくれ」
しばらく馬を走らせたクラークは、異様な街並みに違和感を覚える。
馬の蹄が砂に埋もれ、まるでリオーネを想い出させる程に、砂深い。
注意して進むクラークは、やがて、青の国の子供たちと共に、うずくまるシグルドを発見した。
「シグルド!無事のようで何よりだ!……シグルド?」
「……父様……」
ポーションに浸した布で頭の怪我と砂まみれの顔と身体を拭いてやる。
「見た所、軽い怪我で済んでいるが、シグルドよ。何があったのだ?ここの惨状と何か関係があるのだろう?」
家屋や木々や橋や掘り——全てが砂に覆われている。まるで、砂嵐に巻き込まれたかの様な状況は、クラークの思考でも追いつかないほど異質な光景だ。
砂漠ならいざ知らず、ここは水の都なのだから。
——————
少し前。
右腕を吹き飛ばされ、怒りを露わにした虫人は、表情を一転させる。
「……ふ、ふふふ……光栄です……なんとここまで土魔法を扱えるまでに成長するとは……それを……ワタクシが……」
だが、笑みは消え去り、誇らしくも狂気のある視線を向ける。
「……殺しなさい……」
な、何を言ってるんだこいつ……?
「……貴方には覚悟が足りない……」
や、やめろ……
「……まさか許すとでも言うのですか?」
許せる訳ないだろ……
「……その甘さは貴方の価値を下げるだけです……」
…………。
「……殺しなさい!!」
……ハァ……ハァ……
「さぁ!貴方の成ちょ——」
その時——
暖かい光が当たりを照らした。
神々しくもあるが
とても
強く
刺す様に眩しい。
すると、光を受けた虫人は
その狂気に満た表情を
だんだんと穏やかに——
満たしていく——
ハァ……ハァ……
「……あぁ、これは浄化の光……やっと……解放され……た……」
目の前の状況に
心は追い付く事は無く
いつも無駄に回る頭も
思考は遮断されたまま。
「……もう殺さないで……すむんだ……」
その単語を聞いたシグルドは、不意に意識を取り戻す。
「……解放……?……何を言ってる……」
アドレナリンが、身体を駆け巡るように、思考と怒りが加速する——
「……まさか操られていたとでも言うのか!?だからって……だからって……」
「くそッッッ」
操られていたから、そんな事で許される事ではない。それだけの惨状がこの国では起きてしまった。
しかし、この虫人さえ、被害者だとするならば、行き場のない感情に、心が追いつかない。
「……そう……ではありません……狂気に侵されて……いただけです……だから全て……ワタクシの意思なのです……ずっと……悪夢を見ている様でした……」
「……誰に……やられたんだよ……」
「……誰でも……ありませんよ……ただ……花紋に……負けたのでしょう……ね」
「か、花紋……?どういう事だよ……」
その時——
虫人の身体が、光の粒子へと変わっていく。
!!!?
それに気付いた虫人は、満足そうに笑みを浮かべた。
なっ!?
「……ありがとう……」
「お、おいッッッ!!ま、待てよ!消えるな!」
「……あなたは……優し過ぎます……」
虫人へと伸ばしてた手は、そのまま触れる事なく空を切った……。
「あ……あぁ……あぁぁぁぁぁぁ……ッッッ!!」
——————
「父様……あいつ、穏やかな……顔でした……」
——殺したくなかった。
あいつは、後悔していた。
そして、解放されたように——消えていった。
なら、それは救いだったのか。
そんなの、分かる訳がない。
だけど、一つだけはっきりしてるのは、目の前で、また一つ、命が消えた事だ。
「……もう……もう、嫌なんだ……」
声にならない声を溢し、にぎった拳が震え出す。
誰にも聞こえない声だとしても、それでもクラークには届いている。
だが、何も言わず。
ただ、幼い息子の背負った想いを見護る事だけ。
その想いを受け止め、そっと、背に手を添えた。
「お兄ちゃんは、護ってくれたよ!!!」
「そうだよ!あたし達をちゃんと護ってくれた!!」
ハッ、とし、振り向いた先には涙を流す子供たちがいた。
「立派に、護って下さいました。僕らが生きているのは、シグルド様のお陰なのですよ」
そう……か……
俺は……今度こそ……
護れた……のか……
母親との別れの時ですら、涙を流さなかったこの子たちが。
「……そっか……ありが、とう……」
ニコリと笑顔を向けるシグルドに駆け寄る子供たちを、優しく撫でる。
「ハンスも生きているぞ」
その言葉を聞いたシグルドは、目を見開き
ゆっくりと崩れ落ちた。
「……良かったぁぁぁ……ッッッ!!!」
目から大粒の涙が溢れ、悲鳴にも似た声が漏れる。
子供たちは、そんなシグルドを見て、更に抱き合い、安堵の涙を流し合うのだった。
お読みいただきありがとうございます!
面白いと思ったら、ブックマークやお気に入り登録をしていただけると嬉しいです。
評価★も励みになります!続きもぜひ読んでくださいね。
この物語は日・水・金の19時に更新します。
次回もお読み頂けると嬉しいです!




