第十三話 「死ねない理由」
——時は少し遡る。
北へと向かうシグルド一向は、土魔法で一本道を作り、安全マージンを築いていた。
しかし、突如崩れた土壁の向こうから、重たい衝撃音が響いたのだ。
次の瞬間、壁が内側から弾け飛ぶ。
「キィィィィィィィィィィ!!!」
一匹の巨大な蜘蛛の魔獣が現れたのだ!
その巨体が、狭い通路を埋め尽くすように這い出てくる。
「リ……リーン……」
あまりの強敵に、漏れ出すハンスの声が緊張感を増長させる。
「また進化したみたいだね。でも大丈夫!ナサンなら一人で倒せたし——」
「いえ」
ハンスは、静かに否定する。
「これはナサンスパイダーとは別格です。Bランク……国が傾く災害級です」
空気が、凍る。
だが——
シグルドは、すぐに理解した。
「……分かった」
キッと、巨大蜘蛛を睨み、魔法の詠唱を開始する。
だが——その肩を、ハンスが掴んだ。
「ここは、私が残ります」
「なッ!?」
「大公城はすぐそこです。子供たちを……お願いします」
「ふざけないでよ!!」
シグルドの声が震える。
「ここまで一緒に来たのに!今さら一人に出来るわけ——」
「順番です」
その一言で、止まった。
「ここに来るまでにも、騎士たちは、皆そうしてきました。命を繋いできたのです」
ハンスの目は、静かだった。
だが決して揺れない、芯のある真っ直ぐでとても、強い瞳。
「今、何人の民が生き残っているのかも分からない状況です。彼等はこの国の希望です。絶対に絶やしてはいけないのです!そして、それは貴方様も同じなのです!」
沈黙し、歯を食いしばる音だけが響く。
そして——
シグルドは目頭が熱くなるのを必死で堪え、詠唱を始めた。
「土を司る精霊ラゴンよ——」
声が、震えているのが分かる。
「橙煌めく全てを飲み込みし土壁を——」
それでも、止めない。
「『クイックサラス』!!」
巨大な蜘蛛の目隠しをする様に、高い壁を何層にも作ったシグルドは、振り絞る様に一言だけを残した。
「……生きてて」
そして、振り返らず、走り出した。
子供たちを護るために。
「御立派です」
ハンスは、その背を見送った。
「さて、リーン」
手にした三節棍が、カチリと連結され、一本の長棍へと変わる。
「少々荷が重いですが、主命とあらば参りましょう」
壁が砕け、リーンの姿が露わとなる。
「ギィィィィィィィィィィ」
地面が軋む。
一歩。
それだけで、圧が来る。
速い。重い。そして——硬い圧が。
長く細い息を吐き、呼吸を整える。
「……参ります」
その瞬間、リーンスパイダーが消えた。
否、跳んだ。
視界から消えた巨体が、次の瞬間には上から振ってきたのだ!
「ッ——!」
反射で棍を振り上げる。
重い衝突音と共に、振り下ろされた鎌と三節棍が激突し、火花が散る。
「ぐっ……!」
腕に伝わる衝撃が、骨ごと軋ませる程に強い。
押し潰される、そう思った瞬間には、そのまま地面へ叩きつけられそうになっていた。
なんとか直前に身体を捻り、横へ転がるハンス。
しかし、衝撃と共に直撃した家屋が爆ぜ、塀が砕け散る。
遅れて風圧が叩きつけられた。
「……直撃していれば……終わっていた」
その衝撃で確信させられる。
——勝てる相手ではない、と。
しかし、ハンスは立ち上がり、棍を構える。
「それで、結構。守るべきものがある以上」
三節棍を分離させ、鎖が唸り、弧を描く。
「退く理由には、なりません」
そして今度は、ハンスの方から、踏み込み、立ち向かっていく。
ハンスの持つ三節棍の両端の中には、火の魔石が内蔵させており、強い衝撃と、魔力によって爆ぜる仕組みとなっている。
そして、魔力を込めると火が灯る。
ハンスは棍を回転させ、火が軌跡を残し、一直線にリーンへと叩きつけられる。
その衝撃と共に爆発する、が、硬い外骨格に棍は弾き返される。
だが構わない。
続けざまに二撃、三撃と連撃を繰り返す。
鎖の可動域を活かし、死角から打ち込む。
しかし。
「キィィィィィィィィィィィィィ!!!」
九つの頭が同時に動き、鎌が、牙が、脚が、全方位から襲いかかる。
「っ……!」
その攻撃に三節棍では捌ききれず、一歩遅れる。
鋭利な鎌が、肩が裂き、血が舞う。
だがハンスは止まらない。
三節に分かれた棍が、鎖で繋がれしなり、そして、魔力と共に炎を纏いながら、円を描き、火の輪が生まれる。
そして、そのまま懐へ踏み込み、棍を一点へと叩き込む。
「燃えろッ!!焔鎖・三節崩牙ッ!!」
触れた瞬間、爆ぜる炎は、外骨格を焼き、火花が散る。
それはただの軌道ではない、拘束と破壊を兼ねた軌跡。
炎を纏った棍が、巻き付き、硬い外骨格を締め上げる!
そして、外骨格の軋む音と共に、リーンも異常に気付き、初めて明確な反応を示す!
「キィィィィィッ!!?」
好気と捉えたハンスは、すぐさま更に踏み込み、全身の力を、鎖へかけ、棍をねじる。
そして引き裂くように、地面へと叩きつけたのだ!
粉塵が舞い、姿を現したリーンの外骨格には、ヒビが入っていた。
しかし、ハンスからも鮮血が舞う。
リーンは投げられると同時に鎌で背中を袈裟斬りにしていたのだ。
ハンスは、それでも不敵に笑う。
時間を稼ぐ。
一秒でも。
一歩でも。
シグルド様たちから、距離を離す。
「来い……!貴様の相手は、私です」
リーンスパイダーの九つの眼が、一斉にハンスを捉える。
次の瞬間。
殺意が、振り下ろされた。




