第十話 「ノーブル」
血と砂塵が舞う東の戦場。
「シグルド様は北の大公城へと向かわれました!南部へは、クラーク侯率いるリオーネ騎士団たちも向かっておられます!ここは我等が食い止めましょう!」
シグルドが子供たちを連れて戦線を離脱した後、駆け付けた騎士団たちは民たちと共に、蜘蛛の魔獣であるナサンスパイダーを次々と倒していき、士気を上げていた。
しかし、怪我を負った騎士や民たちが、意識のあるまま操られ、アンデットと同じように迫って来たのだ!
「な、なんで……勝手に……?!死んでもいないのに、アンデットになってる……のかッ……!?」
顔は苦痛に歪み、手足は自分の意思とは裏腹に動く。
狼狽え、絶望する声が次々と上がる。
せっかく上がった士気はもはや血の底に落ちた。
攻撃する事の出来ない相手である、昔馴染みたちと、更には今の今までに共に戦っていた仲間までもが、入り混ざり戦況は再び混沌と化していた。
更に、隙をつき、ここでも、リーンスパイダーへと進化する蜘蛛。
既に動ける者は、コバルトとリンリンだけになっていた。まさに絶体絶命といった場面である。
しかし、そんな戦況化で元部下たちの相手をするコバルトは共に戦うリンリンへと飄々と疑問をぶつける。
「さて、リンリン。坊主もいなくなった事だし、そろそろちゃんと戦おうか?」
「……あれ?バレてたの?」
リンリンは困った様に笑い、肩をすくめた。
「まぁ、そりゃバレるか。だってシグ坊ちゃまには見せられないでしょ?こんな私なんて」
その瞬間空気が変わった——。
先程までの柔らかな気配が消え、場に満ちるのは、静かで底知れぬ圧。
コバルトは、わずかに目を細める。
「相変わらだな……リンリン師匠」
この世界には1000年前に起こった魔力災害の後遺症により、時が止まった者たちが存在する。
彼等は総じて『ノーブル』と呼ばれ、高い身体能力が備わっており、止まった時の中で生きる彼等が怪我を追うこともない。
そして、一つの秀でた何かを持っている。
リオーネの侍女であり、ウィニキートス流古舞術の総師範であるリンリンこそが、『ノーブル・アーツ』と呼ばれる『技』に秀でた特殊個体である。
リンリンの身体からは、可視化出来る程のモヤが溢れ、瞬間、姿が消えた。
いや、身体から漏れ出す『気』の残影が、リンリンの軌跡だけを残す。
バタバタッ——
光の軌跡が操られた人々と交わったその直後、続々と人が倒れる。
それは、生きたまま操られ、苦しんでいた人々だった。
「あ、れ?動ける……?動けるぞ!!」
「残念ながら、芸がない。死んでもいないのにアンデット化する訳がないからね。それは、ただの蜘蛛の糸」
どこからか聞こえる、姿ないその声を掻き消すように、リーンスパイダーは奇声を上げる。
「キィィィィィィィィィィッッッ!!!!」
「ひゅー、さすがはリンリン。これで仲間は解放されたな。あとはリーンか。いや、何も言うまい」
いつの間にか姿を現したリンリンは、リーンスパイダーの前で、四つの円月輪を掲げる。
「滅界輪舞」
リンリンが言葉を放つと同時に、更に分裂した円月輪が舞うように回転しながらリーンスパイダーを包囲したのだ。
それは回転しているはずなのに、なぜか動いていないように見えた。
すると、リーンスパイダーの足元に、円状の光が黒く歪み始める。それは、斬撃の軌道が描く、容赦のない光だった。
——次の瞬間。
リーンスパイダーの足元に広がった円陣が、沈むように歪む。
空間が、落ちたのだ。
逃げようとした脚が、進まない。いや、進んでいるのに——距離が縮まらない。
円月輪は、舞っている。
だがそれは斬撃ではない。存在の座標を削る舞踏だった。
触れた瞬間、肉は裂けない。血も出ない。ただ、そこにあったはずの部位が、消えている。
次々と落とされる蜘蛛の首、そして切り離されている胴体や足。
遅れて、理解が追いつく頃には——
すでに、すべてが終わっていた。
「リンリンは、本当にリーンが嫌いだよな」
「当たり前でしょう?気に入らないのよ、その名前」
苦笑いするコバルトへ、リンリンが詰め寄る。
「あら?コバルト。またリンリンの名前から取られたんじゃないのか?とか、言いたそうな顔よね?」
「いや、そんな事思う訳ないじゃないかリンリン、ガハッ」
「また血を吐くの?お家芸じゃないんだから、いい加減にしてちょうだいよ?」
そう言いながら、心配するリンリンを見て、漸く解放されたと安堵するコバルト。
「それより、これ使えるわね」
辺りに散らばる蜘蛛の糸を手にしたリンリンは、円月輪に糸を繋ぎ、次々とアンデットたちを縛りあげていく。
そして、漸く戦況は難を逃れた。
——かに見えたその時。
ボトボトボト——
一人の男が現れ、民たちは次々と首を刎ねられたのだ。
「おやおやー?こーんな所に忌まわしいノーブルがいるなんてねェー」
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