第九話 「歴戦の年輪」
「チェダー老師ッッッ!!!」
チェダー老師と呼ばれる老人は、腰は曲がり、手や顔に深く皺は刻まれているが、鍛え抜かれた筋肉は一切の衰えを感じさせない。
「あの御仁は、まさか……!?」
「ええ!青の国の伝説の武人、チェダー老師です!!」
「おおッ!あの御仁が高明な気功師のチェダー老師か!!」
気功とは、体内に宿る生命エネルギー「気」を操り、肉体・精神・外界の力を増幅・制御する技術。
この世界の魔法には、身体強化の類いは存在せず、この気功を用いて身体強化をする事が可能である。
そして、気功の達人は、自身に流れる気だけではなく、他のものの持つ気さえも操る事も可能なのだ。
そう、こんな風に——。
老師は軽く手を振るだけで、蜘蛛の関節を一点に集めるように気を流す。
すると、リーンスパイダーの脚が不自然に曲がり、逆に反転。金属音と共に弾け飛び、周囲の糸も振動で千切れる。
さらに老師は体内にまで気を送り込み、敵の筋肉が暴発するように痙攣する。蜘蛛の胴体が小刻みに震え、鎌を振る動きが狂う。六つの頭が互いにぶつかり、咆哮が混乱に変わる。
リオーネの騎士たちは息を呑み、感嘆の声を漏らした。
「ま、まさかリーン相手に……次元が……違いすぎる……」
しかし、リーンスパイダーの再生能力は圧倒的だった。切れた関節は瞬時に復元され、弾け飛んだ脚も元通りに生え揃う。体内の爆発的痙攣も、あたかも筋肉が勝手に修復されるかのように収束したのだ!
「そ、そんな……」
老師の氣功は確かに蜘蛛を翻弄し、動きを乱すことはできる。しかし、決定打には届かない。攻撃はすべて通らず、巨体は再び威圧的に突進してくる。
「ふむ、さすがはリーンと言った所かの。だがそれだけよ。気とは、動かしてこそ生きる」
体術と気功を融合させ、老師はリーンスパイダーの攻撃をいなし、崩し、流す。
鎌や牙が当たろうと、まるで水を切るように避ける。
「ふむ、そろそろ時間のようだの。貴様との時間もこれで終いじゃな」
ちらりと何かを横目にした後、チェダー老師の体から蒸気のようなものが、可視化出来るほど溢れだした。
すると、気の流れが空間を震わせた。
「『虚空震流滅裂破』ッッッ!!!」
老師は、可視化できる程の気の塊を掌から放つ!すると、リーンスパイダーの内臓や筋肉は、ブチブチと音を立てて千切れ、破裂していく!
「キィィィィィィィィィィッッッ!!!」
「断末魔には、まだ早い!再生されぬうちに殺れッッッ!!!」
その声の先には、先程チェダー老師が見据えた男、クラークが長い詠唱を唱え待ち構えていたのだ!
「御助力、感謝致します。
『ジオ・レンディング・スピア』」
クラークから発動された魔法は、幾重もの魔法陣が展開された最上級魔法。
轟音と共に大地を裂き、現れた巨大な土の槍は、リーンスパイダー目掛けて突き上がり、その頑丈な外骨格に激突し、表面を砕き散らした。
「そんな……見事な連携だったのに……や、やはり……如何に最上級魔法でも、土魔法では、リーンは倒せないのか……」
本来なら貫きたかった所である、騎士団の喪失感は言うまでもない。どれほど力を尽くしても、最上級土魔法の一撃は、決定打にはならなかったのだ。
「よく見ろ童が。砕いたなら、それで充分じゃ」
チェダー老師の目は、まだ戦いを終えぬクラークに注がれていた。彼の銃口は光に包まれ、意志が研ぎ澄まされていたのだ!
「そうか!同時詠唱ッッッ!!!」
「『連鎖爆裂弾』」
クラークの銃口はリーンスパイダーの砕けた外骨格一点に集中砲火される。
蜘蛛の体内で、弾は次々と分裂する。
爆発の衝撃波が連鎖し、蜘蛛の外骨格は粉砕され、砕けた破片が飛び散る。体内で生じた衝撃は、蜘蛛の再生速度を一瞬だけ鈍らせ、完全な制御不能に陥った。
更に砕けた外骨格の隙間を狙った百発の弾丸は、蜘蛛を貫き、巨大な脚や鎌を吹き飛ばしたのだ!
そして最後の一発が炸裂すると、リーンスパイダーはもはや形を留めることなく散り散りに飛び、炭化した破片が四方へ散った。
辺りには静寂が訪れる。煙と粉塵の向こうに立つクラークの姿は、土魔法では決定打に届かない現実を補い、戦場を制した英雄の威厳を漂わせていた。
「こ、これが、土魔法でありながら、帝国騎士団副団長へと登り詰めたクラーク様の実力か」
「ほっほっ、クラークの坊主もなかなかやる様になったもんじゃ」
「おやめ下さい、チェダー老師。久々の再会早々に、我が騎士団の前で坊主だなどと」
リーン討伐の英雄である筈のクラークの威厳が損なわれる程に子供扱いを続けるチェダー老師だが、救われた両騎士団員たちは誇らい思いで、二人を見つめている。
「で?戦況はどうなんじゃ?東が騒がしいようじゃが?」
「東にはコバルト騎士団長とリンリンがおります」
「ほう、リンリン師匠が来ておるなら、安心じゃの」
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