第七話 「静と動の境目」
暗い通路を進み、ようやく行き止まりの壁へと辿り着いたシグルドたち。回転扉を回すと、そこは、祭壇近くの建物だった。
なんとか無事に到着出来た!母様は!?大丈夫なのか!?
辺りを見回すと、特に戦闘の形跡もなく、この場所だけはあの戦場から切り離されているようだった。以前と変わらぬ神聖な空気に、張り詰めていた心が少しだけほどける。
そして、祭壇の上で儀式を継続する母アンナを見付け、かけよる!
「母様ッッッ!」
だが突然、力強く手を掴まれる。
「入ってはいけません!」
振り向くとハンスだった。
「ハンスッッッ!!リンリンが!みんながぁぁぁ!!!早く助けに向かわないと!!!浄化が効いてないんだッッッ!!!」
シグルドを宥めるハンスは、ゆっくりと事情を聞いてくれ、ようやく少し落ち着きを取り戻した。周りを見ると、執事長のバスチャや、侍女長のマイヤー、話を聞き、泣いてる者、祈ってる者、リオーネの家族たちがそこには、いた。
思った以上に気を張り詰め、動転していたのだと気付く。
「そう、ですか…。東の広場でも…ですが、師匠やコバルト殿、青の民たちに任せるしか、ありません」
「嘘…だろ?な、何言ってるんだよ!?今リンリンたちが危険だって言ったじゃないかッッッ!!まだ間に合うって言ったじゃないか!何を聞いてたんだよ!?父様は?リオーネ騎士団たちは?ハンスが行かないなら、俺が戻ってリンリンを助けに行く!」
「……なりません。クラーク様たちは、先程南の宿場町に向かいました。…おそらく現状は東の広場と同じでしょう」
「そ、そんな…あの惨劇は、東の広場だけじゃないのか…?浄化は!?意味がないなら、なんで母様は儀式を中断しないんだよ!」
ハンスは事の顛末を詳しく話してくれた。
先程、南の宿場町から伝令が入ったそうだ。大型の蜘蛛が群れを成して発生し、既に100人近い死傷者が出ていると。
その知らせを受け、父様たちは南の宿場町へと、母様は浄化の儀式を中断し、別の浄化の儀式を開始したそうだ。
今、母様がやっている浄化の儀式は、錫杖を使う為の前段階の儀式との事。どうやら母様が錫杖を使う為には、自身の神聖力だけでは行使できないらしく、今回の聖火の様な神聖な神器で極めて清められた結界内でのみ使用可能なのだとか。
要は今の母様の儀式は、外に外にと浄化していたのを結界内に限定してるらしい。
でもそれは、浄化の濃度がとても濃いらしく、今、結界に入ると、神聖力を持たないものは、魔力が瞬時に浄化され、魔力量が多い者ほど命に関わるほど危険との事。俺が立ち入る事を止められたのはその為らしい。
そして、浄化の影響で、祭壇付近の西側全域は比較的安全との事だが、もしもの時のためにハンスは残されているのだとか。
母様は、浄化の儀式が終わり次第、行使し続けている神聖力を回復する為、結界内で数時間の瞑想に入り、錫杖を使うとの事。
だが、ここが確実に安全なのは儀式の間だけ。母様が瞑想に入れば、安全圏は結界内に限定されるらしい。
話を聞いたシグルドは、全てを悟ったように、ゆっくりと息を吐いた。
「分かった。それなら、ここもすぐに危険になるのか。俺は子供たちを安全な場所に連れて行かないといけないんだ。母様の錫杖が効かなかった時の為に、ハンスはここに残ったんでしょ?5日も意識を失うんだ。母様のこと、頼んだよ」
赤の国からアンナの護衛の為に着いてきたハンスは、アンナの幼馴染みでもある。長年仕えた主人であるアンナの生命は自身の生命よりも重い。しかし、それはシグルドへも同じ事。大切なアンナの愛息子であり、自身の今の肩書きはシグルドの護衛執事。まだ着任し1年にも満たない役職だったが、その間シグルドへの愛情や、忠義心はアンナへのそれにも負けない。
だがこの戦況下では、どちらを護るのか、それは、どちらを見殺しにするのか、その選択肢と同義に近く、ハンスは動けずにいた。
「君も行くと良い、ハンス君。これは青の国の問題だ。アンナ様は我等が命を賭して必ず守り抜くと誓おう」
威厳のある声で話す壮年の男性が歩いてくると、誰もが自然と道を開ける。
「カーン前大公様…」
「良いのだ、そもそも私がクラーク殿に頼んだ事だ。それに、こんな幼児が、我が国の子供たちを守ろうとしてくれている。私たちが命を賭けるのは当然だ」
カーン前大公?セドリック大公の父親か?まだ40代半ば程なのに、なぜもう大公位を退いたんだ?
「だが困った。安全な場所への避難となると、大公城くらいしかないのだが。あそこは、誰も入れないのだ」
その言葉に、周囲の者たちが一瞬ざわめいた。
「大公様のお城なのに、ですか?」
「そうなのだよ、鍵を無くしてしまってね」
カーンは軽く肩をすくめる。
なんだ?こんな時に、緊張感が有るのか無いのか、大丈夫なのか?この前大公は。鍵、か。ん?ふと、胸元のポケットに意識が向く。
ポケットの中で、硬い感触が指に触れた。確認すると、そこには鍵が入っていたのだ。
「あれ?鍵?」
「そ、それは!?少年よ!それをどこで??」
それまで落ち着いていたカーンの声が、明らかに乱れた。
周囲の視線が一斉に集まる。
リンリンから託されたものだと話すと、カーン前大公は、しばし言葉を失った。
やがて、ゆっくりと目を伏せると、その表情は先程までの飄々としたものとはまるで別人のように、重く、深いものへと変わっていた。
「そうか、リンリンが。それなら、全てお話しましょう。この青の国の隠された秘密を」
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