第六話 「母は手を離した」
ゆっくりとアンデットの大群が近付いてくる。100や200じゃないもっと、大量の数だ。骨や皮、まだ肉体の残った崩れた様が痛々しいアンデット達が、ズルッズルっと衣擦れの音を鳴らす。
「な、ぜ……巫女様が浄化して下さった筈だ…なぜ、アンデットが……」
母様のお陰で街全体に浄化魔法が施された筈なのに、浄化が消えている…?!母様に何かあったのか!?早く祭壇に向かわないと!!
だが、街の混乱はどんどん進行し、思考する時間を与えてはくれない。
「あ、あれは……父さんなのか!?」
剣を構えたまま、男は動けない。目の前のそれが、父親だと気付いてしまった。
前回のアンデット達は外部から来たとの事だったが、今回は違う。衣服やアクセサリーで近親者には分かるのだ。ここにいるのは、ウィニキートスの民たちの骸なのだと。
「そ、そんな…どうしたら良いんだ…」
「そんな事言ったって、倒すしかないだろうが!?」
「いや、やめて!!傷付けないで!!!」
向かってくるアンデット達の足止めが精一杯の民たち。恐怖と混乱でどんどんパニックになる。
そして、そこには当然油断が生まれる。涙を流し、戦意を失った女性にアンデットの猛威が襲う。
「土を司る精霊ラゴンよ。
我が魔力を糧に
橙の生命の大地で
我ら護る盾を顕現せよ!
『プロテクトサラス』」
シグルドの土魔法の盾がギリギリ女性を救った。だが、戦意を喪失しているのは一人や二人じゃない。シグルドは最悪の状況に冷や汗を流し、戦況を確認する。
ヤバい、蜘蛛もどんどん増えて行く中で、アンデットがこんなにも…またクイックサラスのドームで足止めするか?いや、土の中から這い出て来たアンデットはきっとドームを破ってくるだろうし、蜘蛛に使ってもまた共喰いを始めるだろうな。何より大技を使うにしても、ここまで人が密集してたら使えない…。でも少しでも時間が稼げたら…みんなを立ち直らせる時間を…!
「みんな聞け!!!大切な人たちを傷付けたくないのはみんな同じだ!!動きを封じるだけで良い!アンデットと戦えないなら蜘蛛の相手をしろ!絶対誰も傷付けないから!信じろ!仲間を、信じるんだ」
「ええ!極力アンデットの相手は私たちがするわ!あなた達は蜘蛛の相手をして頂戴!それでも戦えない人は、せめて怪我の手当をして!お願い!信じて!」
コバルトとリンリンが民達を鼓舞する。動こうとする者、動けない者。心の強さはそれぞれ違う。立ち直るには、切り替えるには、時間が足りない。
やっぱり、まずは落ち着かないとダメだ!プロテクトサラスを何度打っても、どんどん敵は増える!いつか誰かがやられる!母様も心配だ!でも、放っておけない!
土魔法は万能ではない。特に一度に一つしか出せないプロテクトサラスは、危険な一撃の為に連発は出来ない。それでも、既に放たれた盾は二十を超える。その数だけ、民達の死は免れている。
しかしだからこそ、民達は徐々に傷を負っている。
そんな時、アンデットの後方から黒い人影が飛んでくる。
砂埃を撒き散らしながら、現れた6人の人影は、みな、騎士服を身に纏っていた。
「アンリ…シュタット…レベッカ…ザイン…ビネガー…モーガン…まさか、お前たちまで…」
それは昨日死亡したコバルトの部下の精鋭たち。驚くことに俊敏な動きの彼らは、他のアンデットとは、明らかに動きが違う。
誰もが理解していた。相手は街を守ってきた騎士団——勝てるはずがないと。
ボロボロになったアンデット達とは違い、まだ綺麗な身体。知人も恋人も家族もこの中には大勢いる。なんとか心を奮い立たせようともがいていた人たちの心までも、折れる音が聞こえるように、死を受け入れる人、恐怖し、逃げだす人、それぞれの叫びにも似た絶望の声が辺りを埋め尽くす。
そんな人々を目の当たりにしたシグルドだが、一人、この絶望に呑まれず、諦めずに、思考を止めてはいないッ!
状況は最悪だ…だけど、俺は、折れない!絶対に護るッッッ!
ハッ——ッ!?
誰かに腕を強く握られ、振り向くと、真剣な眼差しの女性がいた。
「あなた、まだ諦めていないわよね!お願い!この子達を!助けて!」
そこにいたのは、2人の子供たちを抱く母親だった。それを聞き、他の母親たちが集まってくる。
「でも!俺の土魔法が無いと戦況がもっと危うくなる!むしろ、あなた達が逃げて!」
「私が守りたいのは子供たちよ!それ以上に大切なものなんてないわ!私たちだと目立ってしまうわ!子供のあなただからお願いしているの!それに、あなたの力なら、子供たちを守れるわ!」
「そ、そんな!!みんなを見捨てるなんて出来ない!」
それを見ていた周りの民達が、母親の言葉に少しずつ心を取り戻し始めた。
「頼む、坊主。…どうせ死ぬなら誰かを護って死にたい!」
一人、また一人と、隣の人を叩き起こし、それが伝染していく。
「お前ら!武家の根性見せてやれ!必ず、子供たちを護るんだッ!!!」
心が折れていた筈の民たちだったが、護るべき者の為、もう一度、一丸となり奮い立ったのだった!
「ごめんなさい。こんな小さな子供にこんな事お願いをしてしまって…」
不安そうな子供たちは母親たちにしがみ付き涙が溢れそうになるのを必死で耐えている。
そして、母親の服を強く握った。
それでも、母親はその手を離したのだ。
さすが、武家の末裔だ……。子供たちまで強いなんて……。何より、一番強いのは母の偉大さか……。
一度眼を閉じ、強い瞳で応える。
「分かりましたッ!俺がこの子たちを、絶対に守り抜きます!リンリン!コバルト!絶対に死なないでッッッ!!!」
クスッと笑ったリンリンがシグルドを抱き締め、何かをポケットに忍ばせた。
「シグ坊ちゃま。強く、なられましたね。とても頼もしいです。ご心配には及びませんよ。安全に逃げる為にこれをお預け致します。ご武運を」
シグルドの目には護りぬく為の強い意志が宿っている。それがとても誇らしい。
小さな背中に託された想いに応える様に鼓舞をする!
「皆それぞれ持ち場につけ!もう、根を上げてなんていられないぞ!気合い入れろ!!!」
母と子の、交わる視線に乗せた想いを、護る為に——。
————————
迷路のような街並みを駆け抜ける。
「みんな!俺に着いてきて!!」
総勢20人程の子供たちを先導していると言っても、シグルドはまだ5歳。この中では寧ろ幼い方だ。
それでも、戦いを見ていた子供たちはちゃんとシグルドの強さを知り、文句も言わず着いていく。
本当に強い。母親との今生の別れかも知れない場面でも、今泣き叫ぶ事がどれだけの悪手かちゃんと解ってるんだ。
「僕、抜け道知ってるよ!安全な場所!」
地の利は当然この子たちにある。殿で護りながらの方が安全かもしれない。
「分かった!俺が殿を務めるから、小さな子は年長の子が抱いて!走れるならみんなで囲うような陣形で行こう!」
10歳くらいだろうか、一番の年長の子供が道案内をし、アンデットや蜘蛛が追いすがる中、シグルドは土魔法で護りながら進む。
江戸の街並みに似た、迷路のような道に沿って先に進んで行った。
だが、壁がある、どう見ても行き止まりだ。
「え?安全な場所ってここなの?逆に袋小路じゃないか!敵が来たら逃げ場がないよ!引き返そう!」
しまった!さすがに子供に道を託したのは間違っていたか…。引き返すリスクは高いけど、戻るしかないな。
しかし、年長の子供は自信満々に言う。
「大丈夫!祭壇にむかってるんでしょ?ここが一番近道だから!」
少年が壁を押すと、なんと回転扉になっていたのだ!
すごっ!まるで忍者屋敷だな!
「疑ってごめんね!さぁ!行こう!」
そこからは細い一本の道が続いていた。何もない石壁に囲まれているだけの、ただの通路。
しばらく進んでいくと十字路になっていた。
「もうすぐだよ!真っ直ぐ進むと、祭壇に着くよ」
やっと母様たちの元に行ける!!頼む!無事でいてくれ!!
走りさった子供たちの姿を後ろから眺める一つの影があった。
十字路の左側の奥、この通路には敵を感じなかった為、隊列を乱し、シグルドからは丁度死角になった位置にいたのは、大公セドリック。
「そうだ、逃げるのは子供達だけで良い。青刈りの開始だ」
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