第四話 「立ち上がる力」
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ
鉄格子のようなものを必死で壊そうとする黒いモヤの目はシグルドを捉えて離さない。
音が止み、静寂がより不気味さを漂わせる。
ガンッッッ!!!
………ッッッ!!!
暗闇に、鉄格子を叩く音が響き渡る。
今度はモヤの顔だろう部分が、鉄格子に押し付けられ、胸や身体だろう部分が邪魔をしているのに、少しずつ、少しずつ距離を縮めてくるのが分かる。
ミシッ…ミシミシミシミシミシミシミシミシ…バキッ…バキバキバキバキッ…
このモヤには明らかに身体がある。
胸や身体でつかえていた筈が、骨の折れるような音の後から、隙間に身体は押し込まれ、あり得ない角度にゆがみ、伸びて来る手の距離が変わった。
シグルドが後退り距離を取ろうにも、背中には見えない壁がある。
見えない壁にへばり付き顔を背け、必死に黒いモヤの指先から逃れようとする。
うッ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!
あと————
ほんの数センチ——。
目の前の指が、異常な程に蠢いている。
更に手を伸ばそうとする黒いモヤは、また骨を犠牲にするのだろう。
ギシ…ギシッ……ギシギシ……
次に骨が折れる音がすれば捕まる。だが、なす術のないシグルドには、耳を傾ける他には何もない。
ギシギシギシ……ミシッ…ミシッ……
バキッッッ……ボキッ…ボキボキッッ!!
………ッッッ!!!
来るッッッ!!!
「シグルド坊ちゃまッッッ!!!」
ハッッッッ……ッ!!
尋常じゃない汗、動悸、荒い呼吸、開いた瞳孔、血の気が引いた青ざめた顔。
異常に気付いたリンリンが必死でシグルドを揺らすが、反応は無い。
抱き上げ、木陰に移り、汗を拭い、水を飲ませる。ようやく反応を見せたシグルドに二人は安堵するのだった。
だが震えは止まらない。
恐怖で目が離せないシグルドを、ジッと凝視する瞳。渇望と執着と執念と、自身を砕きながらも手に入れようと、もがく異常な様は、ただただ恐怖でしかなかった。
パンッッッ!
頬に痛みが走る。
視線を上げた先には、リンリンがようやく映った。
「やっとこっちを見ましたね…リンリンです!分かりますか…?」
ハッッッッ…なん、だったんだ今のは…リンリンだ…リンリンがいる…俺…助かったんだ……
ガバッ、とリンリンに抱き付き、大声を上げ、ただただ涙を流すシグルド。
リンリンは、そんな彼の背中をずっと優しくなでるのだった。
一頻り泣いた後、鼻と目を真っ赤にさせたシグルドは、気持ちを吐露する。
「俺、ナディを護れなかった事が…許せなくて……頑張って…強くなろうって…強い兄ちゃんになろうって…ずっと…ずっと…頑張ってたのに…護れなかったぁぁぁッッ!!!」
また泣き崩れるシグルドを、今度はしっかり抱き締めるリンリン。
「すみません…。護らないといけないのは私なのに…。こんな小さな身体で、必死で背負っておられたなんて…」
「誰が護れなかったとかじゃ…ない…。俺がッッッ!俺が護るって…そう、決めてたんだ…ナディだけは…俺が…って…」
そんなシグルドを見てスーッと涙を流すリンリンは、護れなかったのは、ナルディアだけではなかったのだと、気付いた。
そんな二人の頭をクシャッと撫でたコバルトは、ニッ、と笑いかける。
「そうか、坊主。小せぇのによく頑張ってるじゃねーか。トラウマってのはな、克服しようと思って乗り越えられるものじゃないから辛いなぁ」
トラウマ…。
そうか、トラウマか。俺は、澄の事でトラウマになって、ナディに重ねてたって事か…。
「コバルト…」
コバルトを見るリンリンの悲しそうな目を見て、シグルドは気付く。
そうだ。コバルトはつい昨日、部隊の仲間を、部下を全員失ったんだ…。
「ごめん、一人だけ辛いなんて事はないって、分かってるんだ。だから、俺は泣いてちゃいけない、俺は頑張らないと」
「フッ。そうだなぁ。俺も、失ってばっかりだ。いつも掌から勝手にこぼれ落ちていく、水みたいにな。でもな、坊主。自分も他人も護れてこそ、だ。自分がどうなったってってのは、今の苦しみを他人にも味合わせる事になる。そこまで強くなってこそ、自信も付くってもんだ。強くなれ!負けない程に強くなる事だけが解決の糸口だ」
「他人も、自分も護れる、誰にも負けない、強さ…」
そうか……。俺はナディを、妹をって執着して、自分のことが見えてなかったんだ…。だから今、俺はリンリンにこんな顔をさせているんだな。
「ごめんね、リンリン。心配かけた」
「ほんとうに、聡明で、お優しい方です」
そうだ!それしかないッ!必ず実現する為に、強くあろう!
強くなる、そう何度も何度も心に誓い、ここまで来たシグルドの心を、再び立たせてくれたコバルト。
誓いはより高く、強くシグルドの心に刻まれたのだった!
「ありがとう!俺、強くなるよッッッ!今度こそ、護れる強さを持てるように!!!」
「ふふん、良い顔するじゃねーか、坊主!何ならここにいる間、俺が鍛えてやらんでもねーぜ?」
「ほんとッッッ?!コバルトの舞を扱えたら、平面だけじゃなくて、縦にも斜めにも戦略が広がるって思ってたんだよッ!」
「おぉ!良い所に目が届くじゃねーか!古舞術の素晴らしさはなーーーーなんだ?これは?」
異様な気配に気付き、周りを見回すと、街の至る所に、大小様々な黒い蜘蛛が現れたのだ。
「よーし、丁度良いじゃねーか!護るのは当然だが『狩りに行く』これも護る事には重要だ!さぁ、坊主、今のお前の強さ、見せてみろよ!」
シグルドは拳を握り、瞳を輝かせた。
そして一歩、踏み出す——。
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