第三話 「夏といえば…?」
「これより、浄化の儀を取り行う!民達よ!安心するが良い!必ず平穏は約束される!」
青の国の大公セドリックと赤の巫女達が下がり、母アンナだけが祭壇に立つ。頭の天冠が小さな光を反射し、彼女の周囲に神聖な輪を描いている。
両手を広げると、手に持つ神楽鈴の音と共鳴し、炎は周囲に波紋のような光を放ち始めた。
「鎮魂と安寧を」
アンナの声と共に、再び神楽鈴の音が響き渡ると、祭壇の周りだけでなく、町の通りや水路、瓦屋根、街灯の影までも包み込むように光が広がっていく。
鈴の音が鳴るたびに、共鳴して小さな光の粒子が弾ける。
空気そのものを浄化するように、弾けた光がアンナの動きに沿って残る様はとても神々しい。その動きに反応し、聖火は次第に淡い金色と白色の光の渦になって揺らめきだした。
「浄化」
舞いと共に炎は風に乗って空を流れ、祭壇を中心に浄化の光が波紋のように広がる。その光は街全体を柔らかく染め上げていく。
民たちは息をのんだまま、空を覆う神々しい光景に手をかざし、安らぎを感じる。
やがて広場から町の隅々までに光が満ち、夜の空気は神秘的な輝きで満たされたのだった。
大歓声が上がり、安堵が広がる。
母様かっこ良い!普段からは想像も出来ない程綺麗だ!
「アンナ様相変わらずお美しいですね」
「もちろんだとも。いつ見てもアンナは美しい」
「そういえば政略結婚でしたが、クラーク様がアンナ様を見る目に熱がこもったのも儀式をご覧になった後でしたね」
「リンリンよ、シグの前でなんて事を!子供に聞かせる話ではない!」
「いえ、父様のお気持ちは分かります!母様にこんな一面があったなんて、見られて本当に良かったです!」
ふふ、と笑う侍女リンリンと、照れながらも納得する父クラーク、隣で相槌だけで当然だと誇らしそうにドヤる護衛執事ハンス。そして、シグルドは今も尚、アンナから目が離せずにいる。
目が釘付けになり、高揚しているシグルドを見つめ、笑顔になる三人だった。
翌日、すっかり平和が訪れた首都ウィニキートスの街は、朝から人々の話し声や笑い声が入り混じり、通り全体が活気に満ち、あちこちで声が飛び交っていた。
昨夜の興奮が冷めてないんだな!分かるよ!昨日の巫女は、俺の母様だって自慢して周りたいくらいだからな!
「ようやく騒ぎが収まったので、今日はやっと祭りが開かれるそうですよ」
通常ならこの時期、夏の祭りで盛り上がっているのだとか。
確かに父様が、夏の青の国は最高だって言ってたから、祭りに因んでいたのかな?でもそれなら、父様も母様も来られたら良かったのにな。
アンナは浄化の効果を維持させる為、祭壇に残らないとならず、クラークは付き添っている形だ。そして二人の護衛にはハンスが残るとの事。
というのも、本日は、青の国騎士団長コバルトがシグルドの案内を買って出てくれたのだ。そこにコバルトの体調を考えリンリンも同行している。だから今日はリンリンとハンスが交換なんだとか。シグルドが野暮な気持ちで詮索しかけたのは別の話。
祭りは昼過ぎからとの事でコバルトの案内で街を巡る。まずは昨日食べ損ねた米を食したいシグルドは、屋台に行きたい気持ちが先行していた。
コバルトとリンリンに笑顔で了承され、シグルドに手を引かれながら向かう。
通りには屋台が並び、香ばしい焼き魚や甘い団子の匂いが漂っている。
「はい、どうぞ、おにぎりです!これはお米と言う青の国の主食を握ったもので、軽食として好まれます。中には具が入ってますよ」
わーーーッッッ!!!夢にまで見たおにぎりにやっと出会えたー!!うんめーーッッッ!!味噌汁まであるよー!!!やっぱりリオーネでもなんとかして米を作らないとだけど、水がなー。ここはリンリンの地元なんだし定期的に買う方向で行こう。母様の地元の赤の国も和の文化なら米が主食のはずだしね。ふふ、絶対逃さないぞ。
喜んでいるシグルドを見て微笑み合うリンリンと、コバルト。
周りの人々の笑顔や声に、まだ昨夜の浄化の余韻が残っているようだった。
「さあ、夏の名物を見て回ろうか!」
「アンナ様のお陰で笑顔を取り戻した街並みを見られて嬉しいです」
コバルトが元気よく先導し、リンリンも笑顔でフォローする。二人の間で手を引かれるシグルドは、擬似息子になった感覚だが、これはこれでむず痒い。
なんだよー早くくっつけよなー!今日は俺がナコードしてやろうか?いや、それすらいらない感じ?どうなの?その辺??
通りを歩いていると、シグルドの目に、水面に映る色鮮やかな屋台の灯りが映った。浄化の光が水面に反射し、昼間でもかすかに残る光の輪が幻想的だ。
やがて、街角に設置された小さな広場に差し掛かると、そこには青の国ならではの水遊び屋台が並んでいた。水車がくるくる回り、水路を流れる水が巧みに利用されて、子供たちは小さな水の迷路で遊んでいる。
そうこうしていると、祭りの時間になり、広場の至る所に設置された噴水から七色の水柱が登り、歓声が上がった!
ワァーーーーッッッ
「ふふ、さぁ、青の国の風物詩ですよ!」
水魔法で噴き上がる水柱が、まるで空に打ち上がる花火のように形を変えながら舞う!
水はただ噴き出すだけでなく、魔法の力で光の粒子をまとい、太陽の光を受けて輝く様がとても綺麗だ!
水が弾ける度に形を変える!花の形、龍の形、風車のような輪だったり、空をキャンパスに色んな色の絵を描いていく!どれも光を反射し、キラキラと輝いている!
わぁーーー!!水ってこんなにも綺麗なのか!色もカラフルで、異世界様々だな!こんな事、さすに魔法じゃないと絶対無理だよ!昼間だからこそ太陽の光でこんなにも輝くなんて!前世で見たウォーターショーとは段違いだッ!!!
シグルドは目を輝かせ、手を伸ばし、空に舞う水の花を掴もうとするが、掌を濡らすのはほんの数滴だけ。
一瞬で消えてしまった水の花を無くした掌をじっと見つめ、シグルドは固まった。
俺は、また護れなかった。澄と見たウォーターショー。それよりももっと綺麗なこの光景を、母様の勇姿を、ナディにも見せたかった。
俺がもっと強ければ、ナディだって安心して護れたはずだ。
澄を失って、ナディだけは護るって決めてたのに、その為に毎日努力をしていたのに、俺は、俺は何も変わっていない。小さな身体だから、まだ成長段階だから、この世界を知らないから、そんな事は言い訳だ!!
俺は……俺を許せない…。
護るべき者を喪失したばかりのシグルドは、普段の大人びていた態度を、妙に幼く、無駄にテンション上げ、ずっと空回りしていた。
周りに心配をかけまい、辛いのは自分だけではない。心に空いた大きな穴を、隣にいて当たり前だった寂しさを誤魔化す為に、無理に、無理にーーー。
「お兄ちゃん。大事な話があるの」
ナルディアとの別れ際、こっそり伝えられた事を思い出す。
「お兄ちゃんの身体を治した時に分かったんだけど、お兄ちゃんの魂と身体、馴染んでいないの。たぶん10年くらいでなんとかしないと、助からない。でも安心して、きっとあたしが、なんとかするから」
あと10年か……また前世と同じくらいで死ぬのかもな。俺は、何も出来ずに終わるのか……な……。
緊張の糸が切れたように、ズンッと心が一気に落ちた。
周りが騒がしくても、何も聞こえない。
暗い、闇の中にでもいるかの様に、何も見えもしなくなった。
心の深淵は深く真っ黒の世界。心の片隅には冷静な自分もいるようで、いけないと遠くで語っているのも分かっている。
が、虚無の心では原動力にはならない。
暗い闇の中でも不思議と目立つ、一際黒いモヤの塊に気付いシグルドは、それをボーッと見つめていた。
無意識に覗き込むと、そのモヤの形が、あるものにだんだんと形作られていく。
目だ。
ヒッッッッ!!!
驚きで、ようやく感情が戻ったシグルドだったが、深く落ちた深淵では、どうする事も出来ない。
何より、向こうからもこちらを覗かれていたのだから。
恐怖に後ずさるが、もう遅い。モヤは形をなし、手を伸ばしてくる。
ガタ…ガタガタ…ギシッ…
シグルドの目の前まで伸びた手で掴もうとするが、アンナの浄化の影響だろうか、聖なる鉄格子のようなものがあるらしく、それ以上は伸ばせないのだろう。
少しホッとしたのも束の間————
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ
黒いモヤは何としてでもシグルドを掴もうと、諦める様子を見せない。
お読みいただきありがとうございます!
面白いと思ったら、ブックマークやお気に入り登録をしていただけると嬉しいです。
評価★も励みになります!続きもぜひ読んでくださいね。
この物語は日・水・金の19時に更新します。




