第二話 「聖火」
「なりません!シグルド様!お言い付けはちゃんと守らないと」
「え?何?俺はまだ何も言ってないのに」
呆れかえる護衛執事ハンスは、シグルドの目の高さまでしゃがみ諭すように告げる。
「ナルディア様がいない今、シグルド様に何かあっては皆がどれ程傷付きましょう。しっかりお考え下さい」
クッ…それは何とも突き刺さる言葉を…
シグルドの精神的ダメージはハンスが思っている程に深く突き刺さる。
だがしかし、シグルドはやりたい願望を抑えられない。
「安全だって言ったのはハンスでしょ?ねぇハンス、よく考えてみて?俺は母様の勇姿がみたいの。こんな機会ってそうそうないでしょ?それに次がいつかも分からないんじゃ、美しい今の母様でないと満たされないものがあるじゃない」
「くっ、シグルド様にアンナ様のお美しい姿をご覧頂ける機会は…確かに……くっ…」
チョロいね。でもね、ハンス。俺も大概失礼な発言をしたけど、君も同罪だからね。
悩みながら負けを認めるハンスを横目に悪代官のような表情をするシグルド。そして二人はリオーネ騎士団の荷物の乗った馬車に紛れ込んだのであった。
反刻程揺れていただろうか、馬車の窓から顔を出すと、夏の強い日差しが目に刺さる。
うっ眩しい。
その瞬間、奥深い庭園の先に、霧に包まれた幻想的で神秘的な大きな祭壇がひっそりと佇んでいるのが目に入った。
朱色の布のかかった祭壇の上には神鏡があり、両脇には榊の枝と灯籠が揺れている。
木漏れ日が祭壇を淡く照らし、葉っぱや苔のついた石の影。光と静寂の合わさった様は、まさに神秘的な光景だった。
わぁ、凄い!さすが和の国!西洋的な教会とは違って神社を思い出すな!
「シーグーちゃーんッ?」
うわ、さっそくバレるなんて。
横を向くと仁王立ちの母アンナが立っている。まだ馬車を降りてもいないのに、顔を覗かせただけでバレるなんて付いてない。
「すみません。でも、母様の錫杖の浄化の力がどうしても見たかったんです!ハンスに聞いたらとても素敵だって言うので。それに危険な事も無いと伺いました。ダメ、でしょうか?」
「あら?そんなにお母様の勇姿が見たかったのねー!かーわいいんだからー!でもねー、錫杖で浄化するならアンデットがまた現れてからじゃないとね。原因は分かってないけど、今回はしないんじゃないかな?」
え?そうなのか?なんだよ怒られ損じゃないか。
「あれ?アンデット騒ぎの筈じゃあ?んー、それ以上増えることもないかもですしね。そうですか、母様の勇姿は見られないのですね」
「それが、まだよく分からないのよね」
この騒ぎは数日前からだそうで、墓が荒れていたのでアンデット騒ぎが起きていた所に、今回の事件が重なり、今民衆は大混乱だそうだ。だが、首都の死体の全ては、元の位置に埋葬されているらしく、動かされてはいないとの事。更に謎を呼んでいるらしい。
「それなら、他所から来たアンデットですか?」
「お墓をただ荒らしても意味がないじゃない?だから死者の仕業だ、とか、もうすぐ動くかもって大混乱みたいなのよ。だから錫杖は使わないけど、浄化はする感じ。そうね、まぁ、たぶん安全なのは確かかな。よし!シグちゃんも見ていこっか!でも、ハンス?あなたは、分かっているわよね?」
チョロい。やっぱり母様はノセると緩いな。俺は、いつもの父様とのやり取りで知っているよ。でも、ごめんハンス。やっぱりお咎めはハンスに向かっちゃったか。
ニッコリと笑うアンナと、大きな体格で縮こまるハンス。悪いと思いながらも思惑が成功して上機嫌なシグルド。
馬車を降り、祭壇に上がった時、広間の扉がゆっくりと開く。
すると、くすんだ茶髪に青緑の瞳を持つ青年を筆頭に、その後数名が姿を現した。その中には父クラークと侍女リンリン、更にはもう治療が済んだのか、青の国の騎士団長コバルトもいた。
先頭を歩く青年の背筋は真っ直ぐ伸び、声には落ち着きと威厳が混じっている。
「皆さん、ご安心ください。今回の騒ぎを聞きつけ、橙の国リオーネから巫女アンナ様が来て下さいました。おぉ、これはアンナ様、お久しぶりです!ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
両者で、きちんと貴族式の挨拶が交わされる。
「お久しぶりです、セドリック大公。ですがダメですわ、わたくし巫女ではありませんもの」
「いえいえ、巫女選抜はリオーネに嫁がれる直前でしたし、辞退なされただけで、錫杖を扱えるアンナ様を超える巫女は誕生していません。『巫女アンナ様』とは、皆の相違でございます」
錫杖の話を聞いた時から感じていた事だけど、母様の神聖力は相当なものなんだな。ナディの治癒魔法とは全然違うんだろうけど、そういった神秘的な力は母様譲りなのかもな。
その後、クラークやリンリンにも叱られたシグルドは皆に挨拶を交わした。
「ほぉ。こちらが噂に聞く土の神童。5歳児とは思えぬ立派なボウ・アンド・スクレープですな。やはり噂は違わないと見える」
当たり前だ。俺だって教育は受けている。トレーニングばかりやってる訳じゃない。
一頻り品評された後、いよいよ浄化の準備が再開された。そろそろ赤の国から聖火が運ばれる頃合いだそうで、アンナは着替えに向かう。
「コバルトさん、もう大丈夫なんですか?」
「ぜーんぜん大丈夫だよー!騎士団長様は無敵なのだーーーガハッ」
えっ!?なに?血を吐いたんだけどこの人!本当に大丈夫なの?!
「だからまだ安静にしていてって言ったのよ!シグお坊ちゃまが、ご心配なさるでしょ!」
「おやおや、リンリン?結局君が一番心配してくれてるんだろ?素直じゃないなー」
「もう!やめてよね!またみんなの前で!傷口が開いたんでしょ!早く行くわよ!」
仲が良いのは分かったから、もういいよー!向こうでやってくれ!
さぁ、いよいよ始まるんだな、浄化をする母様かぁ!普段も凄く綺麗だけど、まったく気取らない、いつもの雰囲気とはまた違うんだろうか。ワクワクするな!
暫くすると、青の国の空に夕暮れが広がる中、民たちは静かに息を潜めていた。
水路の水面も、屋根瓦や竹林の木々さえも、まるで世界全てが儀式と分かっているかの様に静寂が訪れる。
その時、遠くの空に小さな赤い光が現れた。
チリーン…………チリーン…………
薄暗くなった時間の中で赤い光は、徐々に大きく、強くなり、だんだん首都に近付いてくる。
赤の国の一団が現れたのだ。巫女たちは赤い装束に身を包み、腰の鈴が静けさの中で鳴り響く。
赤の国の聖火――火魔法の力を宿した神聖なる炎は、柔らかく暖かく、鎮魂の力を帯びて静かに揺れていた。
来た…!こんなに遠くに離れているのに神々しさをビリビリ感じる。この祭壇を見た時にも感じたけど、パワースポットに入った時に感じる独特の圧と同じ、あの感覚だ!
隣にいるクラーク達も同様に、神々しさに言葉も出ない様子だった。
それはまるで、花魁道中を思わせるような、ゆっくりとした動きで祭壇へ進んで行き、その一歩、一歩で、どんどん空気が澄んでいくのを感じる程。
「ガハッ!すみません。まだ傷が癒えていないようですねー!あっはっは!」
騎士団長だから、警備の為にいつの間にか戻って来ていたコバルトが、また血を吐いたらしい。何回血を吐くんだこの人は。リンリンにまたガミガミ言われながら医務室に連れて行かれた。
ついに祭壇の前に差し掛かり、聖火は丁寧に両手で掲げられ、祭壇へと運ばれた。
「御尽力感謝いたします」
「安らかなる鎮魂と、安寧を願います」
形だけの挨拶を交わす大公と巫女。祭壇の裏に控えるシグルド達の前に巫女服を纏うアンナが現れた。その姿に皆が目を奪われる。
巫女服と言っても少し違う。白い狩衣に緋袴ではあるが、袖や袴は一枚の布ではないのか、とてもヒラヒラしている。結われた髪の上には天冠を付け、手には神楽鈴。巫女服姿のアンナはとても神々しい。
「いよいよね!頑張らなくっちゃ!じゃあ、行ってくるわね!ちゃんとお母様の事見てるのよ、シグちゃん」
「はい!とても美しいです!母様!頑張って下さい」
ふふっ、と笑った後のアンナの表情はガラリと変わり、集中しているのか、とても凛々しくあった。
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