第八話 「それぞれの道」
「では、私は手続きがございますので、先に教室にてお待ちください」
そう言って去っていくルーベルの背中は、まるで戦にでも向かう戦士のそれであった。
あぁ、やっぱり無理を押し通して、俺の担任になるつもりなんだろうな。
「なんだか、ルーベル先生の印象変わったかも」
「だな。俺も最初はただヤバい人だと思ってたけどな」
「そうだね。初めは危険な先生なのかなって思ったけど、ちゃんと生徒想いの先生って部分もあるみたいで、ちょっと安心した」
「そうだな。ちゃんと親身になって向き合ってくれる人みたいだし、何より、コバルトの弟なんだ。なんだか身内に感じちゃうよ」
「あはは、リンリンさんの彼氏の弟だもんね。私もそう言われたら親近感湧いちゃったかも」
緊張感を持って挑んできたからこそ、安堵からか、はたまたこれからを思う寂しさからか、共に笑顔を絶やそうとはしない。
ひとしきり笑い合った後、シグルドは、ティナへと真剣な表情を向けた。
「よし、じゃあ行ってくるかな」
「うん。辛い事があったら、いつでも頼ってね」
これからは、校舎も、寮も、食堂も、全てティナとは離れてしまう。
たぶん顔を合わせること自体が難しくなるだろう。
それに、隷位って事で誹謗中傷を受けるのは、目に見えてる。
だけど、ティナに頼るわけにはいかない。
俺は、俺の手で必ず下剋上を達成してみせるからな!
「何言ってるんだよ。ティナこそ、俺がいなくても泣きべそかくなよ?」
「あ、そっちは……約束出来ないかも。……だから、なるべく……ね」
恥ずかしそうに、上目遣いでチラチラとシグルドを見つめてくるティナ。
「分かったよ。ティナが寂しくないように、なるべく早めにのし上がって行くから、ちゃんと待っててくれよ」
「……いや、それはそうなんだけど……なるべく……」
ごにょごにょと小声で何かを言ってるティナの頭を撫でる。
「じゃあな、お互い頑張ろう」
「あ、うん! シグ! 私も頑張る、けど、無理しないでね!」
「はいはーい」
いつもと変わらない調子で手を振るシグルド。
ティナも笑顔で手を振り返したけれど、彼が背を向けた瞬間、その笑顔が曇った。
「……なるべく、会える時間は……作りたかったな……」
先程まで、隣にいるのが当たり前になっていたシグルド。
だが、これからはもういない。
「そう、だね。偶然なら、会えるかも……なんて、期待するんじゃなくて、自分自身を鍛えるために、それぞれの道で、前を向いて頑張って行くんだね……カルロやエイシャリアのためにも」
ごめんな、ティナ。
俺たちは、強くならないといけない。
そのためには、もう、落ち込んでなんていられない。
一人でもちゃんと護り通せる力が必要だから。
ティナの声は聞こえていない。
だが、互いに確認せずとも
自分自身に必要なことは
ちゃんと互いの中に存在していた。
その意思を持って、互いに歩き出した——
——————
さて、隷位の教室へ移動しないとな。確か、校舎自体も冷遇されてるんだったか。
学園の敷地内でも、極めて日当たりが悪く、老朽化の進んだ旧校舎。
新校舎も前世のようなコンクリート造りじゃないにしろ、一般的なレンガ作りで、外観がかなりオシャレだ。
旧校舎へと向かうため、新校舎を眺めながら、中庭を歩くシグルド。
——だが、新校舎の角を曲がり、絶句する。
「な、なんだこれは」
まさか、俺の学舎となるこの旧校舎が、ここまで、おんぼろだとは。
木造なのはまだ良いが、なんだこれは
倉庫か?
外観だけで、たった数部屋ほどしかないことが分かる程小さい。
しかも、雨は凌げても、風は凌げなさそうなほど、作りも悪い。
これ、屋内の意味ないんじゃないのか? 隙間風で、冬は死にそうなんだが。
——ん?
旧校舎を眺めているシグルドの他にも、同じように旧校舎を眺めている少年がいた。
小さいな。カルロくらいか?
それに、黒の、ワンカラー! 珍しいな。
そういえば、同じ黒髪のチュンバは学園にはいなかったな。ラーハルト失踪後、長男のディムさんが家督を継いだらしいけど、まぁ、大変だったろうからな。
「こんにちは。君も、この校舎なのかな?」
「え? シグルド様!? え?! 首席のあなたが、なぜここに!?」
あー、そうか。確かにこの展開になるか。
ってことは、全員にいちいち説明がいるのか?
嘘だろ……そんな面倒くさいこと、やってられないんだが。
「……あ、す、すみません……何か事情があったのなんて明らかで……しかも、それは確実に……言い辛いことなのも、少し考えれば分かること……なのに……すみませんでしたッ!」
なんだか、気の弱そうな子だけど
良い子そうだな。
「いや、そんな謝らなくても。試験結果がそぐわなかっただけだから。って、それはこのクラスの人はみんな一緒か。これからよろしくね。もう知ってくれているみたいだけど、俺は、シグルド・アトリビュート・リオーネ。君は?」
「あ、レイリーです。僕、孤児で……平民なので、家名はありません」
平民? この貴族院に平民がいるってことは
「君は、闇の民なの?」
「あ、いえ。僕には闇属性の素養がないので。あ、いえ……実は、魔法自体そもそも……」
四大元素魔法の、火水風土の4つの元素を扱う上でもっとも重要なのは、血統だ。
元を辿れば、最古の精霊に辿り着くと言われている。
脈々と受け継がれていた属性は、髪や瞳にその証が色濃く現れ、貴族同士での属性婚が常識となっている。
だからこそ、平民の中から貴族学園に来たということは、四大属性以外を指す、ということなのだ。
「まさか、花紋……?」
「ええ、たぶんですが」
そうだよな。まだ種降祭前だから、唯一属性かどうかも、分からないよな。
「俺の周りにも何人かいるよ。よく分からない魔法を使える奴ら」
「そうですか。それなら、これからもっと増えそうですね」
「ん? ——あ、そういう事か」
属性婚を繰り返す貴族、その貴族院の中で、魔法が使えない。
それは、つまり——
「ええ。ここは、花紋使いの卵の集うクラスですから」
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