第三話 「君がいるから」
入学式も無事終わり、クラス毎に教室へと移動した一行。
「さっそくですが、明日は修練度の試験を開催いたします。まずはこのクラスにお集まり下さい。では、親族の方への挨拶もありましょうから、本日はこれで終了致します」
——ドクンッッッ
親族への挨拶……
当然そうなる事は予想していたけど
覚悟なんて……決まる訳がない
今まで立派な父様のことは、さんざん見てきたんだ。
初めての狩猟でナサンベアから護ってくれた。銃の扱いを教えてくれた。青の国でも一目散に駆けつけて、必死で護ろうとしてくれて……
……俺の成長をいつも願って
領民を宝だと呼んで……
ナディの時もそうだ
みんなが治癒の力を喜ぶ中で、ナディの安否を最優先に考えていた人だ……
俺は……そんな父様が敵かもしれないという事実そのものが
……怖い。
……だから向き合えもせず
……調べもせず
ただ——
目を背けることを優先して
学園へと……逃げた。
ただの現実逃避だってことは分かってる。
手がかりなのも、カルロやエイシャリアの安否に繋がることなのも
分かってる……
……分かってる、けど
怖くて……何も……動けない……
それ以上深く考えること自体から
……逃げている、だけ
もしかしたら、今、この瞬間に……
カルロやエイシャリアが助けを求めてる……かも、しれない
指輪が、黒く……染まるかも、しれない
……ハァ……ハァ……
心臓がどんどん速くなり
呼吸も浅く、短い。
体温は下がり
冷や汗が止まらない。
——キィィィ——ィィィィン
耳鳴りが
聞こえる。
身体に異常を来してるのが、分かる
だけど心はクリアだ
あぁ、意識が剥がされる
この感覚は、前にも——
——ドプンッッッ
それは、心が落ちた音——
暗い——
心の深淵の中に
再度シグルドは
落ちたのだ——
『ここは危険だ』
そう、語りかける冷静な自分も、心の中にはいるのだろう。
だが、膜に覆われているような、内に内に入った心では、状況の理解を受け付けない。
見覚えがあっても、理解をする思考がない。
更に深く沈んでいく——
いっそう暗さの増した深淵の中
そこには既視感のある鉄格子の中に、一際黒いモヤの塊があった。
思い出せず、ボーッと眺めると
それは一気に形作られ、歓喜に満ちた様に笑みを浮かべる、目となったのだ。
——ガタガタガタギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシ……バキッッッ
——ッッッ!!!
——ヒッッッッ!!!
ようやく恐怖を思い出した——
鉄格子の隙間から、身体を砕きながら必死に手を伸ばし迫り来る黒いモヤ。
逃げようとするも距離を取ることは出来ない。
前回同様、自身の身体を犠牲にしてでも執念でシグルドを掴みにかかる黒いモヤだが、一点だけ明らかに変わっているものがあった。
——それは、手だ。
全てが黒いモヤの塊であったそれは、明らかに、生身の人の形をしている。
爪もなく腕もない。
黒いモヤから伸びているのは、手だけ。
手首から先が生身なのだ——
掌から伸びる異様に蠢く指を眺め
恐怖がフラッシュバックする。
——バキバキバキバキバキバキバキバキッ……
ミシミシミシミシッ……
ボキボキボキボキボキボキッッッ
異様な音と共に
前回よりも遥かに速く身体を砕き
距離を、縮めてくる——
目の前まで伸びる指は
もう、鼻先を掠めそうになる程に
迫っている
顎を引き、必死で少しでも距離を取るが
眼前で蠢く指に捕まるのは
時間の問題だろう。
ヤバいッッッ!!!
掴まれるッッッ!!!
——その時
シグルドの身体が白い光に包まれた——
——な、んだ……これは……?
何かを察したのか、眼前で蠢いていた指は、ガタガタと鉄格子を鳴らし、必死でシグルドを掴もうと激しさを増すが、届かず空を掴むだけ——
……ハァ……ハァ……
意識が白み
解放されていく中で
最後に黒いモヤと目が合った
モヤである為、厳密には目ではないにも関わらず
その目は血走り
瞳孔は開き
ジッ、と
悍ましい瞳で見つめていたのだ——
——意識が覚醒し、目を開くと目の前にはティナがいた。
「……ハァ……ハァ……あ、りがとう。……ティナ」
シグルドの隣に座り、両手を握り、目線を合わせてくれている。
「……大丈夫……?」
周りには人の気配もなく、静まり返っていた。生徒はとっくに親族の元へと移動した後なのだろう。
まったく動かないシグルドを心配し、ティナはまた寄り添ってくれたのだ。
ティナが触れてくれた事で、神聖力が俺を護ってくれた、のかな。
「……ハァ……ハァ……ごめん……ごめんな……。ティナも同じ立場なのに……俺ばっかり……」
「——そっか。シグは、私も同じだけ苦しんでると思ってたんだね。……シグと私は違うよ」
「……何を、言って……? 違わないだろ……?」
「……違うんだよ。私が大聖堂で育ったのは、捨てられたからだから……両親や兄姉との思い出なんて……私にはほとんどないんだよ。……10歳になってから、今までの2年間だけ。お互いたてまえで、関わっているの。それだけしか、ないんだよ」
「……え……?」
「私の家族は……お祖父様だけだから。……もちろん、嫌いなわけでも、憎んでるわけでも、ないんだけど……両親に愛情を持つことは……出来ないから、さ」
「……そう、だったのか……」
「だから、今回のことで……もちろんショックだったけど……シグ程辛い思いはしてないから、さ。シグは、私に気兼ねすることはないんだよ。遠慮することもないの。辛いこと、耐えられないこと、信じたくないこと、目を背けたいこと、そんなの、あって当然なんだから」
「……ティナ……」
「『希望を持って』。私たちは、そう、教えてもらったでしょ? でも、今は無理でも良いんだよ。心が追いつかない時は、いっぱい落ち込んだら良いんだよ。……だから、いつかは、ね? それまで、ちゃんと私が支えるから、シグは、私に、ちゃんと寄りかかって?」
自身にも言い聞かせる様に
一言一言
噛み締めながら伝えてくれたティナは
俯くシグルドを、優しく抱き締めた。
——ッッッ
そんなティナの包容力に、自然と涙が溢れる。
「……ありがとう……ありがとう……ティナ……」
その優しさに包まれ
涙と共に
少しずつ
シグルドの心は軽くなっていった。
————————
親族との時間も残りわずかとなった時、ようやく現れた我が子に安堵するリオーネ一行。
「申し訳ありません。少し用がございまして、遅くなりました」
泣き腫らした目元は、如何に冷やそうとも瞬時に回復はしなかった。
だが、友を失って久しいシグルドの苦しみを知っている為
誰も、無粋な詮索はせず
見守ってくれた——
「これから大変だろうけど、シグちゃんなら大丈夫だって信じているわ」
「アンナの言う通りだ。これから、より研鑽を積み、更なる成長を大いに期待している」
「はい。励んで参ります」
「シグお坊ちゃま。寂しくなりますが、お身体に気を付けてください」
必死で笑顔を繕いながら、帰還していく馬車を見送るシグルド。
その隣で、ティナはそっと手を繋いでいてくれた。
「ありがとう、ティナ。何が真実かも、何が現実かも分からない。でも、俺には、ティナがいるから。……俺、頑張るよ……いつ、希望を持てるのかも……何も、まだ分からないけど……俺、きっと、前に進んでいくから……」
「……うん」
優しい微笑みで包み込んでくれるティナの笑顔に、決意を固めるシグルドだった。
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