第ハ話 「混乱」
「あぁ、ナディ!薬師が来てくれたわ!もう大丈夫よ!」
母アンナが寝台の横に座り、ナルディアの右手を握りながら、懸命に声をかける。その横には青褪めるアンナの事も心配なのだろう、母の背に手を添えている父クラークがいる。
「って、え?薬師?何を言ってるんですか!?医者は!!?」
「イシャ?こんな時に訳の分からない事を言うんじゃない!!いや、…すまない。シグも混乱しているのだろう。だが今は共に落ち着かねば。一番苦しいのはナディなのだからな」
いつも冷静なクラークが取り乱す様子を見て少し冷静になったシグルド。どうやらこの世界には医学が発展していないのか、病は全て薬師頼みのようだ。
医者がいない!?話し振りからして存在してないのか…?くっ、今まで風邪らしい風邪をひかなかったから気付かなかった。まさか、この世界に医者がいないなんて…。確かにポーションは素晴らしい効果があるようだけど、怪我以外でも医学が進む事は当たり前だと思うんだがな。いや、よく考えたら現世でも病気に対しての知識や療法は薬剤師が専門だもんな。今世では薬師が処方するって感じなんだろう。
ただ、薬で治るものなら良いんだが…もしもって事も……いや、ダメだ縁起でもない!!でも……
心は少年でも身体はまだ幼い子供、少し心が落ち着いた所で自然と涙が溢れ、またすぐに心も不安に駆られる。肉体と精神の年齢は切り離せないのだろう。いずれ精神も肉体年齢まで退化する可能性を感じながら、大きな寝台の為苦しむナルディアの左隣に正座し、流れる涙を右腕でこすり、ナルディアの右手をギュッと握る。そんなシグルドの隣にはいつの間にかリンリンがいてくれて、ピッタリと身体を密着させ、身体を丸めて寄り添ってくれている。
「あまり思い詰めませんように、信じましょう」
そうだ、信じよう!薬師を、ナディを信じるんだっ!!
薬師がナルディアの着ている衣服の胸元を広げ、痛がる左胸を見ると、驚愕した!
なんとそこには、ハートの形の花の紋様が輝き、ゆっくりと刻みこまれている最中だったのだ!!
「こっ、これは、花紋!!?ナルディアお嬢様に、花紋が刻まれている!!」
「花紋!?や、やっぱりあれは、…種だったのね…」
驚愕する薬師に、やはり、といった顔で呟くリンリンにアンナが詰め寄る。
「どういう事!?ナディに何があったというの!?」
「さっ、先程、ナディお嬢様の眼前に赤い光が降って来たのです…その光はナディお嬢様に吸い込まれました!まさかとは思ったのですが……あれは種降祭の時の光に似ていたので…」
それを聞いたクラークは驚愕し、座り込み頭を抱える。
「種だと!?それで花紋が!?しかし、幼子に種が降って来た話は聞いた事もない…それに、種を授かった直後に開花するなどと、有り得ない…何から何まで早過ぎるッ!!」
「どういう事ですか?カモン?って、リンリンが話してくれていた種降祭の話なのですか!?成人の祭の話ではないのですか!!なぜそんなものがナディに!?」
混乱するシグルドを、ナルディアを挟んで抱きあげるアンナ。自身も必死に落ち着こうと、自身の膝の上に移したシグルドを強く抱き締める。
「そうよ。種降祭は神様から送られる祝福なの。ただ、それは、異能の種。開花すると花が身体に刻まれ、特別な力を授かると言われているわ。それが、花紋よ。」
「異能の力…」
「ええ。魔法とは違う、特別な力よ」
「そうだ。開花した者は世界に数える程しかいないが、皆が皆、驚異的な能力を身に付ける。そして、未知なる力とは、畏怖の対象にもなり得る…という事だ」
クラークの言葉に、静寂が起きる。娘の将来を案じ、シグルドを抱えて崩れ落ちるアンナ。辛そうに顔を覆うリンリン、顔を背ける者や、既に恐怖を覚え始めたのか青褪める者までいる。
「ん…あれ?もう痛くない!」
痛みで意識が朦朧としていたナルディアだったが、花紋が完全に刻まれた事で、急に痛みが消え意識も覚醒したようだ。
「良かった!!ナディ!!大丈夫か!?どこか痛みはないか?」
異能の力、畏怖の対象…そんな話を聞いたからって、何も変わらない!例え何が起きてもナディは俺が守っていく!!
目覚めたナルディアに安堵を口にする一同。それでも畏怖の眼差しを向ける従者に対し、キッと強い眼差しを送ったシグルドは、ナルディアに駆け寄る。
「うん!もう大丈夫だよ!胸も、もう痛くないし」
ドンッッッッ!!
そう言って胸を叩いたナルディアに周囲は驚愕し、ヒッと声を荒げる者の声が聞こえる。
「なっ、何してるんだ、ナディ!!!そんなに強く叩いたら怪我をするだろう!!!」
ドーンッッッッ!!
ドーンッッッッ!!
「えっ?そんなに力いれてないし、まったく痛くないよ?」
キョトンとするナルディアだが、誰が聞いても大事故でも起きたかのような激しい音に一同は愕然するしかない。
これが、開花……。とにかく止めさせないと!!
ナルディアの変貌にほんの一瞬思考が停止しかけたが、我に返り慌ててナルディアの腕を掴みに向かう。
が、ぶんっと振り払われ、数メートル先の高い天井に飛ばされてしまった!!
なっ!?
突然視界が逆さまになり、自分の身体が凄まじい力で宙に投げ出された事実に思考が追いつかない。
なんとか天井を蹴る事が出来たが、身を翻し力を逃がそうにもスピードは失われず身動きが取れそうにない!このままでは受身も取れず全身を強く叩き付けられてしまう!
マズイッ!!
爆音と共に、土煙が舞う!!
「…うっ…ッテテッ…」
激しい重力にそのまま床に叩き付けられたが、リンリンが間に入ってくれたお陰で一命は保たれた。
「…お怪我は、…ございませんか?」
「リンリンッ!!なんで!!?大丈夫か!?」
くっ、なんて力だ!!花紋とは、これ程の変化が起きるのか?!
キャーっ!!と侍女達が騒ぎ立て、腰を抜かす者もいる。
「シッ、シグちゃんッッッ!!!リンリンッッッッ!!大丈夫ッッッ!?」
「ナディよッ!!まずは落ち着き心を鎮めるのだ!!!」
「シグルド様ッッッ!!師匠ッッッ!!」
アンナとハンスがシグルドとリンリンに駆け寄り、驚愕しながらも、無事だったシグルドに安堵しナルディアを宥めようと試みるクラークは、小声で皆に近付くなと声をかける。
いたる所から激しく血を流しながら目も開けられないリンリンだが、問題無い、とでもいうように強がる。薬師様!早く!と駆け寄ったハンス達が少しでも安全な所に!と移動させ、リンリンの治療にあたる。
何が起きているのかをまだ理解出来ていないナルディアは、ただただキョトンとするばかりである。
「うッッッ!」
立ち上がり、めげずにナルディアの側に近付こうとしたシグルドだったが、天井を蹴った左足を痛めている事に気付く。
見上げると、大理石の天井はシグルドの足型にパラパラと砕けている。
くッ、足首が折れている。腕もか…。
皆がシグルドに駆け寄り、心配の声をかける中、ナルディアも寝台から起き上がり、よろよろとシグルドの側に歩いて来ていた。よく見れば、涙をいっぱいに溜めている。
しかし、シグルドの目の前で立ち止まり、それ以上近付こうとはしない。
「お兄ちゃん、その足…どうしたの?腕も痛そうだよ…リンリンだって……もしかして、今ので、怪我しちゃったの?なんで…?ちょっと…腕を動かした…だけなのに…ナディ…どう、しちゃったの…?」
「大丈夫だよ、ナディ、痛くない。ナディは悪くないよ」
「嘘……だ……ッ!!絶対痛いのに……ナディ…お兄ちゃんを傷付けちゃった…リンリンだって…ナディ…もう…誰にも触れない……怖い…怖いよー!!」
シグルドの異変に漸く事を理解したナルディアは、激しく混乱しながらも、自責の念にとらわれていた。
「大丈夫だから、ほら痛くない」
激痛が走る左足を何も無かったように立ち上がり、皆の静止を振り切り、ナルディアに向かって歩き出すシグルド。
「ダメ!!来ないで!!嫌っ!!来ちゃ…ダメだよー!!」
泣きながら座り込んでしまったナルディアを優しく抱き締める。
「ほら、触れただろ?大丈夫だ。兄ちゃんにもう触らないなんて、そんな寂しい事言うなよ。ナディが触ってくれないなんて、そっちの方がもっと兄ちゃん傷付くよ」
「……うッ……うッ………うわーんッ!お兄ちゃーんッ!お兄ちゃーんッ!!」
そう言いながらも、ナルディアは自身の服の裾を握り締め、必死で抱き付くのを我慢している。力の加減が出来ない為、裾はブチブチと激しい音を立てる。
そんなナルディアに気付いたシグルドはギュッと力を強め、背中に当てた手をナルディアが落ち着くまでポンポンと小気味好く叩いてあげた。
天才だと言ってもまだ5歳。そんな献身的な幼な子の姿を見て畏怖の念は少し晴れたのか、皆が皆、涙を流し静かに見守ったのだった。
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