第二十二話 転生者、故に恐れず馬鹿者に
まるで、世界最高に硬い箱の中に入れられているような圧迫感をリュカは感じ取っていた。
当然だ、先ほどまでは縦横無尽に動けていたその身体が、ただの一撃により致命傷寸前の傷を負ってしまったのだから。左わき腹からの出血が止まらない。脈打つのとほぼ同期して溢れ出る血は地面にしみこんだその大勢のソレと同化していく。
見渡せば自分の周りは軍人にまるっと囲まれていて、皆がそれぞれの得物を突き付けている。
その後ろを見ると、ダメ押しと言わんばかりのリラーゴの姿があって、もう誰が見ても積んでいると言っていい状況だろう。
絶望してもいい状況。
けど、それでも彼女は。
「フフフ……」
笑っていた。まるで狂気にとり憑かれた殺人鬼のように、笑みをその顔に浮かべていた。いや、比喩でもなんでもない、彼女は大量の人間を殺害したシリアルキラーと呼ばれる人種なのだから。だから、もう何の恐怖も抱かなかった。自分に対しての死の恐怖にすらも、抵抗はなかった。
彼女が、化け物であるが故に。
「何故笑える」
「当たり前でしょ? だって……」
前提が、違うのだから。自分、敵、その前提となっている問題が、あまりにも違いすぎるのだから。
そう、死。
普通の人間じゃ体験できない、体験してはならない、体験してはいけない存在するべき記憶。
痛み、苦しみ、悲しみ、ソレらは想像することができても、実際に体験してみなければ決して分かることができない程の絶望だった。身を引き裂かれるような、魂を吸い取られるような、何かを、捨ててしまったような悲しい感情。ソレを知っているリュカにとってこの死に一歩踏み出している状況など、何も恐れることはなかった。
彼女は異常者であったのだ。転生者という、本来あり得るはずのない異常を抱えてこの世界にやって来た新着者。だからこそ、己に近づく死には何も感じない。感じようも
ない。一度経験したことをもう一度経験することに、何の恐れも抱いていない。
故の笑み。
そして。
「さぁ、来なよ……」
始まり。
正気か、あの子。森の奥底からリュカが戦う姿を見ていた女性は思っていたという。いや、確かに元からこの作戦を伝えられたときに正気の沙汰では考え突かない物だとは思っていた。しかし、遠くからただ見ているだけでもその少女の動きはあまりにも奇天烈で、ソレでいて優雅で可憐。だが、そんな言葉がどうでもよくなるくらいに暴力的に人の命を奪っていく姿は、憧れすらも抱いてしまう。
惚れていた、と言ってもいいのかもしれない。嫌、彼女以外の人間たちもまた、どこかで惹かれていた。女性、セキーヌは立ち上がると嬉々とした表情を浮かべた。
「うっし! 決めた、私あの子に生涯ついていく!」
「本気で言っているの?」
幼馴染にトアは冷静にセキーヌを小ばかにするような言葉を吐いた。しかし、周りの人間たちもまた、どこかで惹かれていたためか、少し後ろめたさのようなものを感じているようだ。
しかし、そんな事知った事ではないと言わんばかりにセキーヌは明るく言った。
「本気も本気! あんな面白い事一緒にいたら、すっごく面白いことになるはずでしょ!」
全く、この好奇心旺盛の大バカ者は、トアは心の中でセキーヌをなじったが、しかし彼女が惚れるというのも分からない物でもない。
自分だって、そうなのだ。彼女の戦い方を見て、少しだけ憧れてしまった。あんなふうに戦いたいと、少しでも思ってしまった。考えてみると、それもまた一種の洗脳なのかもしれない。彼女から仲間たちに、新しく仲間になった人間たちに見せつける自分の力、そして圧倒的な求心力。トアは、恐れに身震いをしてしまった。
それと同時に、セキーヌとリュカの似ている所を考えてしまう。好奇心旺盛なところもそうだし、胆力も瓜二つ。向上心も同等くらいある。この二人が相性がいいのは、元から決められていたことなのかもしれない。
まぁ、セキーヌの場合は≪酒への≫向上心に限るのだが、それはともかくとして、トアは背伸びしつつ≪搭乗≫して言った。
「まぁ、どのみちあの子が死んだら私たちはどことも知らない世界に放り出されるわけだから、協力しないといけないわけだけど?」
「そのどことも知らない世界をあの子と一緒に歩いていく。これ以上に面白いのなんて、お酒以外にはないよ」
その言葉に、意外そうな顔を浮かべるトア。まさか、セキーヌがお酒と他の物を同列に並べる時が来るなんて。少しばかりは成長したのだろうか。トアは、フッと笑みをこぼすセキーヌに、微笑ましい顔を浮かべた。
「あの子と一緒なら、どこまでもイケる、どこまでも成長することができる。楽しい世界を作っていける。そんな気がするだから……」
刹那、彼女たちを包み込んだものの中でセキーヌは叫んだ。
「さぁ、助けに行くよ! トア!!」
その言葉と同時に、彼女≪達≫は放出された。血なまぐさい、戦場の中へと。
「ぐぉ!?」
「グハッ!!」
ぴったりと、ど真ん中だ。リュカは、自分の目の前に転がって来た鉄球を前にしてニヤリと顔を歪ませた。確か、前世の世界で似たような遊びがあった。十本のもうをたった一つの鉄球で押し倒していくという遊びだ。
あれの場合は、対象となる物が木で作られた硬い物であったため、当たるととても耳障りのいい音をたてながら飛んでいく。しかし、今回の場合対象は≪人間≫。だから、鉄球に当たった者たちは跳んでいくことなく地面のシミになるか、それか肉片となって散らばるかのどちらかになった。
「な、なんだ!?」
「ど、どうやら森の方から何かが転がって……グハッ!?」
「森だと!?」
イェンエンの周辺の森、戦場を囲っている深い森の話は前にも下かも知れないが、今回鉄球はそのイェンエンを囲っている深い森の中から突然現れたのだ。ソレを見た時、中隊長の一人がある考えを思い浮かべたという。
「まさか、これが狙いか!?」
「その、一つ!」
「ッ!?」
これが、リュカの策略だと知った直後、その隙を見せた中隊長もまたリュカによって首を刎ねられて討ち死にした。この程度の相手なら、深手を負っていても殺すことができる。そう言わんばかりにあっさりと人の命を奪ったリュカのすぐ隣に鉄球が止まり、真っ二つにされたその中から大量の人が現れた。
「レラ、皆!」
「全く、無茶ばかりをするわね……相変わらずだけど。キン!」
{ッ!}
名前を呼ばれたキンは、すぐさまリュカに駆け寄ると回復魔法を使用した。傷は、みるみる内に回復していき、次第にその痕跡すらもなくなっていく。そう、これがあったから自分は危険な真似をできたのだ。この、作戦を考えて居たから。
殺した中隊長が言った通り、これが自分の作戦だったのだ。
リュカが考えたあまりにもぶっ飛んだ作戦。単騎掛けをして、注意を惹き、左右の森のへの注意を逸らしたうえで森の中からフォトレスの木で作った鉄球と、その中にいる人間たちによる同時攻撃を行う。
一見しなくても、馬鹿が考えたような作戦だとレラは言った。けど、それでもリュカは怒るでもなくこういった。
「馬鹿で結構」
誇らしげなその顔にレラは作戦の中止を言い出すこともできんかあった。
ソレにリュカにも勝算がいくつもあった。中でも大きかったのは、やはりイェンエン側の戦力が大きかったこと。それ自体は良いことかもしれないだが、そのせいで、指示を飛ばすべき人間が多くなり、また魔法による攻撃をしようにも味方に当たるのを恐れて十分に使用することができないという物。
戦場に扇状に広がった敵の軍の配置は、確かに最初は味方同士の間隔が広くとられていたのかもしれない。しかし、彼女が無茶な特攻を仕掛けて、敵の頭脳となる存在を一人ずつ撃ち殺して言ったことによって混乱が生じ、隊列がやや乱れた状態となっている。
彼女にとって幸運だったのは、中隊長級の人間の中でも強者と思われる人間との一騎打ちが実現した事だった。おかげで野次馬今生の見物人が生まれたことによってさらに列は凝縮された。
これもまた偶然だが、致命傷すれすれの傷を負ったことによって多くの敵が、自分たちの仲間を大勢殺した女性を殺す名誉を貰いたいという欲望が焚きつけられ、敵の目が完全に自分一人に集まっていた。
一つでも間違えれば命を失う恐れのある。だが、命が失われる痛みを知っている人間からすれば、これほどまでに有効な作戦はないだろうとリュカは思っていた。
「よし、回復! さぁ、やっちゃって皆!」
「了解!!」
傷を完全に癒したリュカの言葉に最初に反応したのはセキーヌだった。彼女は剣を鞘から抜くとその先から無数の糸を飛ばして目の前にいた敵を瞬時に切り裂く。レラもまた、少しだけ移動すると本の頁を飛ばしてその首を切り裂いていき、キンが師匠譲りの徒手空拳で次々と敵の腹に穴をあけていく。容易い、だがその状況を作り出したのは確かにリュカだったのだ。
混乱し、戸惑った敵軍の兵士たちの阿鼻叫喚が耳を吐く。
「な、何だこの女たち!?」
「つ、強すぎルッ!!」
「だ、誰か指示を出してくれ!! グハァァ!!」
他にも、大勢のヴァルキリー軍の人間による躊躇のない攻撃に、指揮系統が乱れたイェンエンの一般兵ができることは何もなかった。怯えて、逃げ出す物多数。
しかし、そうでない人間が腹の底まで響くような大声を出す。
「ひるむな! 所詮敵は少数にすぎん!! 切り崩せ!!」
「リラーゴを前線に投入せよ! これ以上、好き勝手させてはならん!!」
「ハッ!!」
そう、自分たちは大軍だ。五万もの兵を有しているのだ。それに対して敵はたった数百―正しくは約二百五十人だが―に過ぎない。数で押せば何の苦もなく倒すことができるのだ。兵士たちの中に、どこか希望を持った顔をして戦場にのこのこと戻ってきている人間がいた。
そんな事重々承知だ。ついでに言えば、敵がリラーゴを使役することなんて一般常識だと思っていたし、だからこその対策を講じているのだ。リュカは、完全に力尽きたその身体を地面に横たえながらその場にいない人間に向けて叫んだ。
「さぁ、調理しちゃってよ、リーゼ!!」




