第二十三話 捌く女達
獣の皮膚は基本的に分厚くできている。それは、常識である。無論、自然界を生き残るための必要な進化だったのだ。
加えて、その下にある筋肉もまた鋼のように硬くできており、特に自分たちの目の前に現れたリラーゴのそれは他の追随を許さぬほどの堅牢さを持っており、ちょっとやそっと刃物を突き立てても、斬り込みを入れてもその奥に刃を通すことはできない。それが、多くの国がリラーゴに対して畏怖している理由である。
が、しかしとある国は全く違っていた。
「さぁ、料理開始だ! 我々の包丁さばきを見せてやろう!!」
「はい!!」
リーゼが号令をかけたのは、ヴァーティーが作った防御魔法の絨毯の上に載っている女性たちだ。その女性たちは、彼女が元副隊長を務めていた特別料理騎士隊の精鋭たちである。ヴァーティー本人は、その姿を呆れながらに見下ろしながら、自分たちの新しい地となる物を見ながら呟く。
「全く、自分だけじゃなくて味方にもこんな危険な真似をさせておいて、もし死んだら許さないわよ……まぁ、私たちの方が全然マシだけどね!」
彼女は、最後に自分自身の作った盾を破壊しつつ後ろに蹴り出した。すると、盾の破片が戦場の、特に敵が密集している所に降り注ぐ。致命傷とまではいかないが、これで少しは傷をつけることはできただろう。そう考えながら、同じように飛び降りて言ったリーゼ達に追随する。
上空、それは本来クォックス達の領分。勿論向こうの軍人たちも敵が空から来る可能性を考えて居たのだろう大量の鳥は、その領域の守備としては完璧だったと言えるだろう。
リュカは、ソレを逆手に取った。ロウ達の中でのケセラ・セラがそうであったように、クォックスの中にも長と呼ばれる存在がいたのである。ソレを探しあて、リュカは塵尻に別れるようにと指示を出した。長は、自分よりもよっぽど恐ろしい邪気を前にして指示に従う事しかできず、恐怖し、逃げ出すこととなったのだ。
その後は、前にも言ったようにリュカは軍人たちの耳目を集めるために派手に動き回った。これにより、彼女たちは上空という最も単純な、しかし最も作るのに苦労した死角を手に入れることができたのである。
リーゼ達はその死角に入り込み、大空の、それもよく目を凝らさなければならないような程の青空の中にその身を置いた。
そして、リーゼ達は落ちる。こんなバカげた作戦の一部を成功させてくれた少女の勇気、あるいは蛮勇に応えるために。
「やれ、カルラレスタ!!」
「はい!!」
リーゼのすぐ隣にいたカルラレスタは、上空で手を両手いっぱいに広げて魔力を錬成した。
【炎矢・連弾】
おびただしい数の炎の矢が地面に向かう。それは、地上にいた多くの人間の身体を焼くのに十分であった。
【水矢】
【土紅】
【雷】
彼女だけではない。他にもヴァーティーの盾から飛び降りた少女たちが次々と魔法を繰り出していく。その攻撃は雨嵐にも似た苛烈さであり、戦場にいた多くの人間の命を刈り取って言った。
簡単な仕事だ。だが、この程度の攻撃恐らくいつものイェンエンの軍人であったのならば簡単に防げたはず。しかしリュカの無謀ともいえる行動で戦線が混乱している人間たちには、恐らく防ぐ手立てを瞬時に思い付くこともできなかったのだろう。
全く大した人間だ。最初は誰もが無理だと思った作戦を自分たちの特性を生かして無理やり成功にまで漕ぎ付けさせるとは。リーゼは、地獄絵図もかくやと言わんばかりとなった戦場を見下ろし、まるで夢遊病の患者のように空に足を踏み出しながらカルラレスタに言う。
「私が地面に降りたら貴公もすぐに来い! 待っている!!」
「はい!!!」
実戦経験が豊富だったからなのだろう。リーゼの方が先に地面に辿り着いたのだ。炎矢ら水やらが割拠する中にその身を鎮めたリーゼ。熱さと寒さが同時に身体を包み込んで、まるで闇鍋の中にいるような感覚に陥った。普通に考えたらこのような攻撃の中で飛び降りるなど無謀もいいところだ。だが、自分より若い人間がやってのけたのだ。その分の働きとそして自分たちに賭けられている期待には応えなければならない。リーゼは、リュカのあまりにも強引な、しかし確実な士気向上術に感嘆の声を上げながら。懐に手を入れた。そして。
「フン!」
「グルラッァァァァ!!」
リラーゴの背中に包丁を突き刺したのだ。すると、驚くべきことに彼女の包丁はまるで水の中に刃をくぐりこませたかのように何のためらいもなく突き進む。
「ハァッ!」
「グバァ!!」
そして、彼女はそのまま身体の線に沿って切り裂いた。瞬間、リラーゴの皮膚はぱっくりと割れ、大量に血しぶきが溢れ出した。その出血量、ここからの回復は望めないだろう。
リラーゴは最後野悪あがきとばかりに手を振り上げたが、しかしその手が振り下ろされることは終ぞなく小さな地震とともにその巨体が沈んだ。
ミウコでの戦いでは、その暴虐性を持って何人もの人間の命を奪ったその巨体は、あっけなく命を奪われたのである。
「フッ」
リーゼは、ソレを一瞥すると懐から取り出した布で包丁を一度拭うと、少し離れた場所にいるリラーゴと、そしてそれと戦う部下たちを見た。
「フッ!」
「ハァァァァ!!!」
心配など、していなかった。自分程ではないにせよ、彼女たちがいかに優秀な人間であるのかを、自分は知っていたからだ。彼女の潤った目の先にあったのは、自分と同じように次々とリラーゴをあっけなく殺していく少女たちの姿。嬉々として包丁を自分と同じ場所に突き立てる少女たちの姿は、猟奇的な物と誰かは感じるのだろう。
けど、違う。彼女たちはただ―――。
「う、嘘だろ!?」
「まさか、リラーゴをああもあっさりと倒すなんて!」
「知る由もないだろうな」
「ッ!?」
その姿にただただ吃驚するだけのイェンエンの兵士の脳幹に一太刀を入れ乍ら、彼女は教鞭をとるように指をたてる
「確かにリラーゴの皮膚は鋼の如し、だがその皮膚にも一部柔らかい部分がある。それが、背中の右側肩から三分の部分だ。そこを突き刺せれば後はその筋に沿って切ればりらーを容易に解体することができるまぁ、これは近年のニカムリバの研究によって知られた事であるために知らなくても当然、それにだ……」
「ガッ!!」
最後に一太刀を浴びせた人物。後に聞いたところの夜と、その人物がリラーゴを調教していた中隊長だったらしく、その人物が倒れたのを見るとその隊長の部下だったらしい人間たちが逃げ始めた。まったく、無様な男たちだとリーゼは軽蔑しながらも、さらにもう一枚の布を取り出して包丁の血を拭いつつ最後に教えようとしていた言葉を吐く。
「肉は硬くて食用にはお勧めできん……」
「リーゼさん!」
説明を終え、また多くの敵と対峙しながらもあっけなくリラーゴ、並びに中隊長の一人含めた複数名の兵士の討伐に成功したリーゼのすぐそばに、カルラレスタが舞い降りた。他の場所にも次々と着地する少女たち。その中でも最後に地面に降り立ったのは、リュカのすぐ近くに降りたヴァーティーである。
「これで全員、総勢二百五十人現着よ」
{リュカさん! こっちもこれで治療完了です!}
{ありがとう、キン}
「さてと……」
報告を聞き終えたリュカは立ち上がり、自分の傷が元々あった場所を見る。やはりキンの回復魔法は完璧だ、痕なんて微塵も見えない。この子が味方にいてくれてよかった。おかげで腕を上げることもできるし、声を張り上げることもできる。
「さぁ、行くわよ! このまま全員ブッ倒して!」
「できるわけないでしょ?」
「だよねぇ」
別に調子に乗ったわけでもない冗談である。いくら彼女たちとは言え、この人数で戦略で敵の軍の全滅など到底できないのだと知っていた。確かンい敵の軍列を崩せたことや、敵の切り札の一つであるリラーゴを無力化させることには成功している。
だが、敵はまだまだ切り札を隠しているのだ。
そして、自分は既に今日の分の龍才開花を使ってしまって、うちも外も魔力はゼロ。その状態で調子に乗ること等、できるわけがなかった。
となれば、己の取る行動は一つだった。
「鉄仮面! レラ! リーゼ!」
「ハッ!」
「手はず通りにって、ことね」
「……了解!!」
リュカは三人の、信頼のおける人間に声をかけた後、この状況下において他者に指示を出すことのできる人間であるリィナとカインを呼んだ。
「この場は任せたから!」
「えぇ!」
「分かってるから、さっさとやっちゃって!!」
背中を押され、リュカは他三名に連れられて宣戦をゆっくりと離脱した。残されたのは、混沌と化した戦場だけ。そんな少女たちの後姿を尻目として、リィナはフッと笑みをこぼして呟いた。
「さぁて、何人死んじゃうのかな?」
と。




