第二十一話 中隊長殺しと限界
訪れた迷い鳥には、しっかりと彼女のソレがしみ込んでいた。アマネスは、国の中に入り込んだセウォックを視認するとすぐにその場に駆け付けて同じように彼女の匂いが染みついたタオルを使ってなだめさせる。そして、そのまま息を殺して国境、と自分たちが呼称している場所を凝視した。
すると、数人ばかりの兵士が大層な装備を整えて、息を切らしてやって来た。誰もが慌てていて、その先にあるどでかい国境たる壁に一切気がついていない。これなら、殺すことができるかもしれない。そうアマネスも、そしてその隣にいる少女マルカも思っていた。
しかし、リュカからは厳しく言いつけられていた。もしも、国に近づくものいたとしても、国の存在に気がつかれない限りは襲ってはならないと。
確かに疲れ切って周囲の警戒を解いてしまっている兵士数人など殺すことは容易いだろう。しかし、兵士が帰ってこないとなればつかさず戦場で戦っている味方の兵士が探しに現れる。
ここまで無警戒なのだ、恐らく彼らはこの場所に敵の国があるという事も認識していないのだろう。ウワンによる偽装もしっかりしているのが分かる。だからこそ考え出されているリュカの作戦に影響を与えかねない。
それでも、マルカはもしかしたらこれがこの国初めての実戦になるかもしれないと、ゴクリと喉の奥の唾を呑み込んで剣を握った。願ってもない好機、他者を相手取る絶好の機会。そして、死にに出る大義名分。ソレを前にして、勇み足を遂げようとしたマルカはしかし、一切動くことはなかった。
そして、兵士たちは見失った物は仕方がないといわんばかりに戦場の方に帰っていった。多分、彼らにとっては所詮鳥の一匹や二匹いなくなったところで問題はないのだろう。そう考えた時、不意にどうしてリュカが己の事を案じているのかをマルカは考えてしまうのだという。
多くの命を奪って来たリュカにとって、元敵と言ってもいい自分の命なんて取るに足らない存在のはず。それなのに、どうしてリュカはここまでして己の命を守ろうとしてるのか、どうして死ぬ機会を与えてくれないのかと。
マルカは、隣にいたアマネスに合図を送りながら後ろに下がる。そのさなか、アマネスがクイッとマルカの服を引っ張って、口を彼女の吐息がかかるくらいに近づけて言った。
「貴方は、私よりも生きたがりよ」
「え?」
どういうことなのか。ソレを問う前に、アマネスは己に懐いているセウォックをなだめつつ森の奥の方に消えていった。その意味を。心の奥底に封じているアマネスの、ちょっとした悪戯であった。
「ふ、ハァッ!!」
「ま、また中隊長がやられたぞ!!」
「お、おい、この女まさか!!」
流石に数人も中隊長を殺し続ければバレるか。リュカは、そう考えながら大台となる十人目の中隊長の首を刎ねた。彼女の初期目標、それは中隊長という軍の柱の一部の瓦解だった。
彼女の中での考えとして、体調の中でも中隊長というのは軍の中の平均値であり、なおかつ上にも下にも行ったり来たりしての中間管理職的な意味合いを持っている。
小隊長は力がある。なぜなら真っ先に敵とぶつかり合う舞台の指揮を任されるのであるから。
大隊長には知力がある。なぜなら大勢の人間を指揮するための頭脳が求められるから
中隊長にはその両方が備わっていなければならない。出なければ、下の人間をまとめ上げることができないから。
所詮この世界は弱肉強食なのだ。弱い人間がそれより弱い人間を指揮することはできないし、弱い人間は強い人間に媚へつわらなければならない。それが世界の掟の一つ。リュカはソレを理解していたからこそ、そしてイェンエンという国の巨大さを知っているからこそ、中隊長殺しの作戦に撃って出たのだ。
その結果、中隊長という頭を失った各小隊は混乱をきたし、他の中隊長に意見を求めて何とかまとまろうとしていた。大隊長はそんな軍人たちの混乱を収めようと声を出すが、二つの意味で大きすぎて逆に下の物には届かない。
この波紋は、まだせせらぎを流れる小川に投下された小さな一石に過ぎない。だが、その波紋がいずれ土を削り、領土を広げ、大きな濁流にも慣れるはずだ。リュカはそう考えて居た。
「えぇい、たかが一人の女に何をてこずっている! 私がでる!!」
「おぉ! 第五十中隊隊長のバラガス殿が出るぞ!!」
「ん?」
その男が出た瞬間、兵士たちは浮足立った。当然、それらの兵士を打ち取ることは簡単案事であったが、そのような無駄な行動をする必要はない。
彼女はその歓声を耳にして振り向くと、そこには筋骨隆々のガタイが良いだけの男たがっていた。右目には大きな傷がある隻眼で、巨大な斧を背負っている姿はとても猛々しい。
なるほど、これまでのなんっちゃって中隊長とはわけが違うようだ。流石は、軍隊の中間から後方を任されるだけはある。
リュカは、兵士たちのほぼど真ん中付近の中に降り立つと、兵士たちがその二人の邪魔をしないようにとスススと逃げていく。
果たして、二人の間には何とも言えない空気が漂い、誰もがその様を見つめていた。
「貴殿の名前を、聞かせてもらいたい」
「リュカ……」
「我が名はバラガス……貴殿の太刀筋、見事であった。だが、ここまでにしてもらう」
ほめたたえておきながらいつでもその寝首を掻けるようにと準備をする。どうやら先ほど叫んだたかが一人の女にというのは近くに居る部下たちを鼓舞するための言葉だったようだ。
血の匂いが染みついた土の空気が鼻を通り過ぎる中、互いに構えを取ったまま動かない二人。周囲の兵士の中には、その間に彼女の後ろに回っての闇討ちができるのではと考える者もいたが、当然そのようなことをしても自分の首が飛んでいく景色しか想像ができず、ただただ固唾をのんで二人を見つめる事しかできなかった。
そのさなか、焦っていたのはリュカの方であった。ちょっと兵士たちが落ち着いてきたかもしれない。もしかしたら、目の前のバラガスという男は察しているのかもしれない。自分が、考えた作戦を。
だとしたら、持久戦はあり得ない。ここは一気に決める。
「はぁぁぁ!!!」
リュカは定積通りやや左に寄りながらバラガスに近づいた。バラガスは俊敏な彼女の動きについていき、斧を振るった。
「ッ!」
刹那、リュカは後方に跳んだ。瞬間、バラガスの持った斧からいくつもの刃が出現し、上、下、そしてリュカの手前にまで刃が迫る。やはりただののではなかった。もしも功を焦って下から潜り抜けようとしていたら今頃真っ二つだっただろう。
しかし。
「ヌン!!」
当然それだけで終わるわけはなく、斧から炎が噴出した。この魔法の練度、流石と言わざるを得ない。認めなければならない。その男が、先ほどまでの軟弱な男たちとはわけが違うのだと。
「ハァッ!!」
「ッ!」
バラガスの左目に向け、一本のクナイを投げた。
「なめるな!!」
バラガスは左手に魔力を込めてソレを叩き落そうとする。あまりにも定積通りの戦い方に自尊心を傷つけられたようなバラガスは、しかしそれが己にとっての命取りであったことを瞬時に悟った。
彼女が投げたクナイ、それを叩き落そうとした瞬間だった。
「ヌオォォォォ!!!!」
クナイが二手に別れ、その一方が左目に刺さったのだ。彼女から借りておいて正解だった、そう思いつつ。痛みに悶える声が聞こえてくるか来ない課の一瞬のうちにその懐に飛び込んだ。
「ハァァァァァ!!!」
一閃、勇猛果敢な白い刃が下から流れるように上った。そして。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
リュカは、血が湧き出ている左わき腹を押さえ、蹲った。流石の男だった。見えてない中で左足に魔力を集めて最後の一撃を加えるなど。もし一瞬でも魔力を集中さえるのを躊躇していなかったら、内臓まで抉られていたかもしれない。
しかし、それでもこの戦の中一番の深手を負ったのは間違いないだろう。さぁ、どうする。そんな彼女の考えに応えるようにして、周囲にいた有象無象共が集まって来た。
「これで終いだな」
「チッ、自分たちは何もやっていないくせに……」
この深手を負わせたのは自分隣で役目を終えて笑顔で逝った漢バラガスであるというのに、何を自分たちの手柄のような顔をしているのか。リュカは苛立ちを隠せなかった。
男たちはバラガスのために作った花道にその汚い足で踏み入れ、聖域を犯すとさらに万が一のことを考えてかさらに後方では温存していたリラーゴを解き放っている様子が見える。この男たちは気がついていないのか。もしこんな密集地に向けてリラーゴの光線が発射されたら、自分たちも巻き添えを食うという事を。
いやかの国よりも調教されているのだろう。リラーゴは木箱から出ても一切動くこともわめくこともせず、じっくりとまっているようだ。恐らく、好機を待っているのだろう。
周りは敵で囲まれて、遠くではリラーゴが待ち構えている。全員が己を見下して武器を構えて、次の瞬間には殺されることが目に見える状況となった。
誰が見ても、詰んでしまっていた。
そう、≪誰≫が見ても。
残念だと、リュカは心の中で呟いたという。




