第十九話 父が父なら娘も娘
イェンエンの総大将を含めた多くの人間が思わず耳を疑った。
敵が、単身突撃だと。
気でもおかしくなったのか、あるい投降。これだけの実力差だ、戦う前から気力を削がれて軍門に下る人間が現れてもおかしくはない。というか、普通そうなる。
だが、その考えはすぐさま否定された。
「し、白旗は上げて居ません! それにこの殺気、あ、明らかに我らと戦うために……」
「何と……」
総大将は言葉を失った。まさか、本当に一人でこの五万を超える大軍と戦おうというのか。一体だれがそのような作戦を提案し、承認したというのか。あまりにも奇想天外、その作戦を通した件の国の愚かしさにも、その作戦に従ったたった一人の人間も、全く持って頭がおかしくなってしまったのかという感想鹿湧いてこなかった。
「どうしましょう!?」
「と、当然迎撃だ!! 魔法によって蹴散らせ!!」
「了解!!」
総大将の合図に、その場にいた人間たちはいっせいに【炎矢】【水矢】などの魔法を使用した。たった一人で向かってきている大うつけはしかし、その攻撃に一切ひるむことなく速度を緩めずに駆け抜けていく。死神にでも取りつかれているのか、あるいは超ド級の高度魔法である洗脳をされているのか。そう思うくらいに躊躇のない走りに、兵士たちはみな背筋が凍る思いをしたという。
そして、魔法が地面に到達した。
「フッ!」
刹那、少女は右手をただ天に掲げた。一瞬、攻撃がそれにあたって炎と水が混合した結果生まれた爆発の中に消えた少女の姿。これだけの攻撃を受けてしまえば、原型も何も残されてはおるまい。一体あの少女は何だったのかと、まるでもう戦いが終わったのように苦笑しあう兵士たち。
慢心。
そうなるだろうと、彼女は思っていた。
「ハァァァァァ!!!!」
「ッ!?」
少女は、爆炎を推進力にして空中に躍り出たのである。土煙を裂いて自分の軌跡としながらも、彼女は空中で言魂を紡いだ。
【我は竜の名を継ぎし者 今その本当の姿を外に出せ 我の内にある龍の心よ 魂よ 我の敵を切り裂き道を開け 我は竜 我は刃 我は人の心を捨てて竜を宿す者なり 冥府に戻った魂よ 今一時だけ力を貸せ 我は人 我は夢 我が欲望を晒し出せ 命を解放せよ 聞け 我は天下を統一する者也】
【龍才開花】
と。
「大将一騎駆けだと!?」
「そうよ……」
リーゼは同伴していたレラの言葉に鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべた。現在、彼女たちはリュカの指示にてある場所で待機をするために移動をしていた。複数の班に分かれての行動。自分たちの工法ではとある奇策を用いるための道具を抱えている人間たちおり、リーゼ達は息を殺しながら戦場の外周をぐるりと一周している森の中を進んでいた。
その中で、レラから初めて明かされた情報に、もはや度肝を抜かれたという言葉すらも失われるほどに絶句したリーゼの肩に、私も分かるわぁと言わんばかりに手を置いたレラ。
「分かるわ、リーゼ。私もこの話をあの子から初めて聞いた時四回くらい確認した物」
それは、昨夜遅くの事だったリュカはレラに対して作戦の一部変更について進言していた。それこそが、自分が真正面から一人で突撃する、という物だった。
無謀どころではないこの作戦に対して、レラは何度も何度も異議を唱えた。だが、彼女は頑なだった
「大丈夫。私に考えがあるの。だから私を信用して、ね」
最終的にはそんな感じの言葉を受けてほぼ無理やりに近い形で作戦の了承をしてしまったレラ。
今でもどうしてあの時作戦を許可してしまったのかと自分自身を責めるしかない。奇策どころではない愚策に、思わず天を仰いでしまったレラは、今回の戦直前、それぞれがそれぞれの持ち場に向けて歩みを進めようとしていた時最後にリュカに聞いた。
「どうしても、貴方じゃないとだめなの?」
と、するとリュカは少しだけ考えた後にレラの顔を見ることなくこまごまとした作り笑いを浮かべた。
「自分自身以上に信用できる人間なんて、いないから」
残酷な話だ。彼女にとって、他に頼りにある人間がこの国にいなかったなんて。
等とがっかりはしない。なぜなら、それが虚勢である事は重々承知だったから。その言葉の真意に、隠された裏があると分かっていたから。表情で、読み取ることができたから。
全くこの子は、レラはついでに様に馬鹿げた作戦を考案した張本人をあざ笑いながら。
「こんなバカげた作戦で死ぬのは、自分だけでいい。そう言う事でしょ?」
リュカの決して言語化できなかった言葉をもたらしたレラは、その後リュカに例を言われた。そしてこうも言われた。自分にもしもの事があったら、移動国家の新しい代表として皆を導いてと。そう託されて、レラはその瞬間を待つことにした。
大うつけが、リーゼはそれらの話を聞いてそう思ったという。どうして自分に何も相談してくれなかったのか。それほどまでに信用できないのかと。憤りを感じたその直後に、その真意を理解して怒りの矛を収める。
考えてみればわかることだ。間者という物がどこに存在しているか分からないような場所の中、こまごまとしたものならともかく、大将一騎掛け等という馬鹿げた作戦を多人数の人間に伝えるなんて危険な行動をとるのは言語道断。だからこそ、逆に彼女が作戦参謀として一番信頼を置いていたレラにだけ伝えたのは、正しい判断と言えるのだろう。
「死ぬなよ、大うつけ……」
リーゼは、魔法が地面に当たった爆音を耳にしながらポツリと呟いた。こんなバカげた作戦を考えておいて、死ぬなんて絶対に許さない。どこか怒りにも似た感情だった。
「死んだか!?」
「いえ、確認できません! 土煙に隠れて……」
戦場では、まだ混乱が続いていた。矢継ぎ早に飛ばされた魔法は、リュカの周辺に落ち、土の雲が遥か高くまで伸びていったのだ。一瞬だけ見えたその姿すらも煙の中に隠れ、見えなくなってしまったためにその安否確認ができていなかった。
接近して確認をするしかないのだが、そのためには魔法の射出を一度中断させるか。
そう、第七中隊の男性が考えた時、一瞬だけの閃きが頭をよぎった。
もしそれも、≪作戦の内≫だったら。
「いったん攻撃を止めろ!!」
「ッ! 攻撃を止めるな!!」
「なッ……」
他の中隊長の言葉に対して第七中隊、つまり別の中隊の人間からの指示が飛んだ。しかし、同じ中隊長同士の命令の違い。その板挟みの結果、一瞬の隙を産んだ。
一瞬、しかし強者にとってはこれほどまでの好機は存在しない。リュカは、天狩刀の柄を握る力をより強固にさせると、口元に笑みを浮かべた。
魔法が少しだけ止まるのを確認して、暗中模索の中で魔法の気配を感じ取りつつ右往左往と動き続けておよそ五分くらいの回避行動を続けていたリュカ。
肌が焼けつくような熱さも、その焼け付いた肌を治すかのような水の涼しさも受けながら、一つ、また一つと攻撃を避けるリュカ。すべては、その瞬間を見逃さないために。
そして、彼女が待ちに待った好機がやって来たのだ。
「フッ!」
【魔力加速法!!】
リュカは、自分の中にあった魔力を使用して、自分の身体を空中に投げ出した。その角度は鋭利に、そして速度はこれまでの物よりも圧倒的速く、≪先と同じように≫土煙を裂いて現れたリュカ。
ここまでの速度、繊細かつ正確な角度、天下統一の旅を始めた時には決してできなかったことだ。これまでの戦いが自分自身を強くさせたのだ。そう彼女は実感しながら、ある人物を探しそして、ミツケタ。
「ハァァァァァァ!!!!」
「ぬお!?」
「グハッ!」
敵の最前線にいた兵士の肩に飛び乗ったリュカは、決して目で捕らえた人物から目を離さなかった。人混みの中にいる強者。強者であるが故に慢心をしている強者。果たして、彼女はすぐさまその人物の位置を確認して最終的な確認をすると、彼女が前線に到達してから一秒にも満たない速度で兵士の肩を蹴った。
その兵士は、リュカの蹴りの勢いで肩が抉れ落ち、更にその周辺にいた兵士まで衝撃波で倒れ伏す程。天をかける中、リュカは鞘から天狩刀を抜くと、素早くある一人の兵士の前に立った。
「ッ!?」
「ハァァァァァ!!!」
右、いや左か。反射的に振り下ろされた剣を避けたリュカはそのままの勢いで兵士を一刀両断。その身体を二つに分断した。
当然至極、その兵士がそれ以上生きることができるわけもなく、嫌な、しかし自分にとっては聞き馴染みのある音をたててその場に崩れ去った。
「ちゅ、中隊長!?」
「ビンゴ!」
当たり、だ。事前に得ていた情報に間違いはなかった。リュカは、心の中で拳を握ると、天狩刀を地面と平行に伸ばして一回転。その刀の先が届く範囲にいる兵士を薙ぎ払ってから≪笑顔≫で言った。
「そこをどけ! そこは、私の天下取りの道だ!!」
第七中隊長の死。それからこの戦いは始まったのであった。




